コラム

値上げに踏み切った鳥貴族が直面する「600店舗の壁」とは?

2017年09月26日(火)11時45分

写真はイメージです。 Chaturong-iStock.

<懐の寒い時の救世主は、単なる「低価格の焼き鳥チェーン」から「メジャー外食産業」に進化できるのか。ワタミとつぼ八でも超えられなかった壁に挑む>

一律280円という低価格を武器に業容を拡大してきた居酒屋チェーンの「鳥貴族」がとうとう値上げに踏み切った。世の中はデフレ一色だが、物価上昇の圧力は徐々に高まっている。鳥貴族がさらに成長するためには、価格という障壁に加え、拡大した居酒屋チェーンの多くが直面する店舗数という大きな壁を乗り越えなければならない。

原材料費と人件費の高騰が値上げの理由?

鳥貴族は、多くの居酒屋チェーンが業績不振に苦しむ中、280円均一(税抜き)という分かりやすい価格体系を武器に急成長を続けてきた。同社の業容拡大はまさに破竹の勢いで、2010年にはわずか177店舗だったが、現在では560まで店舗数を増やしている。

店舗数の増加に伴って業績もうなぎ登りとなっており、2010年に56億円だった売上高は、2016年7月期には245億円に、直近の決算である2017年7月期は293億円となっている。

これまで同社の躍進を支えてきたのは、何と言っても280円均一という価格体系だった。しかし同社は今年8月、28年ぶりに価格体系を見直し、焼鳥とアルコール類の値上げを実施した。ドリンクは280円から298円に、焼鳥の単品メニューも280円から298円となったので一律18円の値上げということになる。食べ放題メニューについても2800円から2980円に改定された。

同社は値上げの理由として、原材料費や人件費の増加が続き、価格維持が不可能になったと説明しているが、この話はおそらく本当だろう。

鶏肉の市況は、もも肉についてはそれほど高騰していないものの、むね肉は価格上昇が続いており、ここ1年で1.3倍ほどに値上がりした。野菜も高騰が続いており、食材費はジワジワと同社の利益を圧迫している。これに加えてビールが値上がりしたことで、状況がさらに悪化した可能性が高い。

政府は、小規模な酒屋を保護するという名目で昨年5月に酒税法と酒類業組合法を改正。ビールの安値販売を事実上、禁止した。改正法は今年の6月からの適用だが、これを見越して年初からビールの価格が上昇。鳥貴族は、ビールで利益が出なくなった分、食べ物のメニューでカバーしなければ全体の利益を維持することが難しくなったものと思われる。

売上高の増加でカバーできない範囲ではないが......

人件費も高騰している。毎月勤労統計によると、6月におけるパートタイム労働者の時間あたりの給与は、前年同月比でプラス3.0%と大幅な伸びを記録した。パート労働者の時給は今年に入って著しい伸びを示しており、毎月、2%を超える上昇が続く。大都市圏のアルバイト・パートの平均時給(募集)は約1000円だが、現実には1000円を提示してもなかなか人が集まらないというケースは少なくないだろう。

こうした状況が重なり、鳥貴族はとうとう値上げを決断せざるを得なかったわけだが、これは同社の業績にどう影響するのだろうか。値上げといっても客足が遠のくほどの上昇幅ではないことを考えると、むしろ増益が見込めるとの見方もある。

同社の2017年7月期の決算は増収だったが、営業利益は前年比マイナス8.7%の減益となっている。同社の原価率は、2015年には約31%だったが、2017年には32%とわずかに上昇した。販管費率も2017年に上昇が見られることから、人件費が利益を圧迫していることをうかがわせる(同社には直営店とフランチャイズ店があり、決算上の原価率は店舗の原価率とは一致しないが、直営店の比率が高いことから参考にすることはできる)。

もっとも、この程度の原価や人件費の上昇は来客数の拡大で十分にカバーできる範囲であり、来客数が増えれば、大きなマイナスにはならないだろう。むしろ問題はこの先である。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story