コラム

西側で広まるロシア分裂論の現実味

2023年05月06日(土)11時00分

経済が行き詰まるなか大統領選も来年3月に迫っている RAMIL SITDIKOV-SPUTNIK-POOL-REUTERS

<モスクワ中央の権力が真空化すれば社会は不安定化するかもしれないが、それでもロシアはそう簡単には分裂しない>

ウクライナ戦争は膠着状態。アメリカは来年大統領選を控えているので、いいかげん停戦に持ち込みたいところだろうが、ウクライナはロシア軍をせめて開戦前の境界にまで押し返さなければ停戦しないだろう。ロシアも、開戦前より少しは何か成果がなければ停戦は難しい。

一方ロシアに対する西側の未曽有の制裁がやっと効き始めた。EUのロシア原油と天然ガス輸入の削減が本格化し、価格も急落したからだ。今年の1~2月、ロシアは約2兆6000億ルーブル(4兆3000億円弱)という記録的な財政赤字を出した。普通は年末に支払う兵器代金を年頭に前払いしたためだろうが、これで今年の財政赤字の枠をほぼ消化してしまった。だからロシアは、国債を増発し始めている。原油・ガス価格の下落で、昨年末、経常収支黒字はゼロに近づいた。これまで国家の歳入の約半分を原油・天然ガス関連で稼いできた経済モデルは、もう成り立たない。

そして、白人先進国というロシア人の誇り(錯覚だが)は、欧州文明圏から追放されて泥にまみれた。世界2位のはずの軍事力は、ウクライナで無力ぶりを見せつけている。ロシアという国は、その中身を失ったのだ。気が付けば、大統領選は来年3月。選挙戦はもう始まったようなものだ。プーチン大統領の続投、辞任、クーデターなどの思惑が入り乱れてモスクワの権力が真空化すれば、地方は離反。テロが頻発するかもしれない。

西側ではロシア分裂の可能性を論ずる向きが増えている。第2次大戦末期、西側はドイツを分割して無力化させる「モーゲンソー・プラン」を作ったが、同じことをロシアでやろうと言う者さえいる。これは危険で無責任な考えだ。そんなことを西側が言ったら、ロシア人は愛国心に燃えて本気で抵抗する。それに分裂したロシアは誰の手にも負えない存在となって、あちこちで紛争の原因となるだろう。核兵器を事前に中央に集めておかないと、「核保有国」がやたらに増え、核を背景に自分たちの要求を通そうとするようになるだろう。

分裂したのは近代史上2回だけ

それに歴史を見ても、ロシアは簡単には分裂しない。18世紀にピョートル大帝がロシア帝国を成立させた後、国が分裂したのは1991年のソ連崩壊と、それ以前では1917年の革命直後の内戦期だけ。後者では、ドイツに領土を大きく割譲した上、極東では「極東共和国」が独立。シベリアなど全土で、何人もの有力将軍がモスクワの共産主義政権との戦いを続けた。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4

ビジネス

ECB、12月にも利下げ余地 段階的な緩和必要=キ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story