コラム

「リーマン2.0」で米ドル覇権は終わるのか?

2023年04月01日(土)13時30分

リーマン・ショック後も世界の通貨秩序は変わらなかった(写真は2008年) SEBASTIEN MICKEーPARIS MATCH/GETTY IMAGES

<アメリカの経済力がドルの担保となる「米国本位制」はまだまだ終わらない>

世界に金融恐慌の影が忍び寄っている。恐慌(英語でパニック)は経済より、心理学上の現象だ。カネ余りで投機がはびこっても、皆が取引を続ければ経済は回っていく。ところがある日、どこかの銀行がつぶれると、「あの会社、あの銀行もひょっとして、ゾンビなのではないか。ここと取引をするとカネを失ってしまうのでないか」という疑心暗鬼が広がって取引は止まり、経済も止まる。いつそうなるかは、誰にも分からない。

今後の見通しは大きく言って、2つしかない。1つは、当面踏みとどまるというもの。しかしそれでも、利上げしなければインフレ高進、しかし利上げすれば銀行などがつぶれて金融恐慌、という恐怖のジレンマはなくならない。いつかは、綱渡りから落ちることになるだろう。

もう1つは、「リーマン2.0」が起きるということ。その場合、アメリカではFRB(米連邦準備理事会)がこの1年続けてきた利上げを緩和、あるいは金融緩和を再開することすらあるだろう。米政府は破綻した金融機関、あるいは大企業に公的資金を注入し、世界の中銀にドルを配布して(と言っても、帳簿上の話)世界の貿易・投資の決済が止まるのを防ぐことになる。

2008年秋のリーマン・ショックでは、米政府と連銀は財政支出拡大、金融大緩和で景気を刺激し、10年にはプラス成長を回復している。もっとも成長分の多くは当初、富裕層に流れてしまい、格差が増大して、16年の大統領選でトランプの当選を助けてしまったのだが。

アメリカをしのぐ投資対象はない

08年の場合、世界中でドルが不足したため、破綻国通貨のドルが急騰するという奇妙なことが起きた。だが1年もたつと実力を反映して、ドルの実効為替レートは急降下する。金利を下げなかった日本では円が高騰するが、アベノミクスの「異次元緩和」で逆に過度の円安になる。この中でユーロなども価値を下げたから、世界の通貨秩序は変わらなかった。

中国は、リーマン危機を受けての内需拡大措置で(GDPの10%超)成長を維持。10年には日本をGDPで抜きはしたものの、輸出依存、インフラ建設依存の経済体質は変わっていない。しかも人民元は金融取引では自由化されていないので、世界の基軸通貨になることはできていない。アメリカがつまずくと、中国、ロシアの経済はコケる。中国のドル箱である対米貿易黒字(21年には約4000億ドル)は激減するし、ロシア経済の命綱である原油価格も急落するからだ。

近世になって資本は地中海諸都市からオランダへ、そして18世紀にかけてオランダからイギリスへ、次に20世紀にかけてアメリカへと移動した。資本は常に「大きくて、かつ将来有望な」相手を探し、それに投資して一層盛り立てる。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も

ワールド

米加首脳が電話会談、トランプ氏「生産的」 カーニー

ワールド

鉱物協定巡る米の要求に変化、判断は時期尚早=ゼレン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story