コラム

もうアメリカにひれ伏さない――ドイツが「新生欧州」の盟主になる時

2020年06月30日(火)17時00分

落ち目だったがコロナ対応で復活したメルケル KAY NIETFELDーPOOLーREUTERS

<レームダック状態から復活したメルケルがコペルニクス的転換で米中新時代に立ち向かう>

2015年のシリア難民の大量受け入れで指導力を失っていたドイツのメルケル首相は、新型コロナウイルスへの初動対応が評価され奇跡的に力を取り戻した。

勢いに乗ったのか、メルケルは5月18日にマクロン仏大統領とのテレビ会談で大きな意味ある合意をする。「新型コロナで疲弊したEU加盟国を救うために、5000億ユーロの基金を立ち上げる。その原資は初のEU国債を発行して集める。以上を欧州委員会に提案する」というのである。

20200707issue_cover200.jpg

ドイツのカネを引き当てに、他の加盟国のために低利で起債しようというのだ。インフレを恐れて、財政赤字につながる南欧諸国救済にはすげない対応をしてきたメルケルが百八十度の方向転換をした。

これに世界は驚いた。かつて独立戦争後のアメリカで、各州の借金を連邦政府が肩代わりすることで、弱体だった連邦政府の力を一気に高めたハミルトン初代合衆国財務長官の手法に倣ったメルケルの「ハミルトン的瞬間」だともてはやされた。

もっとも、EUがアメリカほどに統合されるとは思わない。ただ基金が実現すれば、第2次大戦後にアメリカが対欧貿易関係を再始動させ、同時にドル支配体制を固めたマーシャル・プラン級のインパクトを持つ。ドイツが欧州の盟主として登場することになるが、このメルケルの方針転換のウラにはトランプ米大統領の執拗な圧力に対する反発がある。

自身もドイツ人の血が流れているというのに、トランプのドイツたたきは執拗で激しい。かつてドイツで不動産事業が思うようにできなかったことへの恨みかもしれない。彼の言い分は、「ドイツは巨額の対米黒字があるにもかかわらず、ロシアから天然ガスを輸入し、アメリカのシェールガスは買ってくれない。ロシア軍対策に関しては3万5000もの在独米軍に頼り、その費用は十分支払わない」ということにある。

両首脳のやりとりは感情的になる一方だ。トランプはテレビ会議での実施を予定していたG7首脳会議を、6月末にワシントン近郊で現地開催する、と突然表明。だがメルケルはそれを一蹴してトランプを激怒させ、在独米軍を9500人ほど削減するという発言を引き出してしまった。

ドイツは昔から、欧州大陸の政治・経済のへそのような存在。その方向転換は世界の政治・経済の枠組みを大きく変える。2度の世界大戦もドイツの有り余る力と自負心から起きた。

だから第2次大戦後、NATO=米欧同盟がつくられた時、初代事務総長のイズメイは名言を吐いた。「NATOの目的はドイツを内部で抑え、ソ連を閉め出し、アメリカを招き入れることにある」と。ドイツという魔神を閉じ込めていた米欧同盟というビンを、トランプは何も知らない子供のようにたたき壊したのだ。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

フィッチ、米地銀NYCBを格下げ

ビジネス

アマゾン、南アフリカでネット通販サービスを開始

ビジネス

過度な変動への対応、介入原資が制約とは認識してない

ビジネス

米新興EVリビアン第1四半期は赤字拡大、設備改修コ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 6

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 10

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story