コラム

「ブラック企業・日本」がコロナ禍で犯し続ける不作為

2020年05月07日(木)14時30分

医療施設における患者の収容能力はパンク状態に近づいている REUTERS/Issei Kato

<新型肺炎が日本特有の硬直したガバナンスや役人の無責任な隠蔽体質を改めてあぶり出している>

新型コロナウイルス禍は、世界各国のガバナンスに潜む断層をあらわにし、日本、アメリカ、ロシアなどでは政権の命運にも関わる事態になってきた。

日本の場合、国家の仕組みにいかにも余力がない。コロナ禍が起きただけで検査体制や患者の収容能力がパンクしている。貧乏国だった頃からの惰性で、保健所や病院、消防救急や警察などは人員と設備がいつもギリギリの常時「ブラック企業」。少しでも欠員が出るともうお手上げ、という感じで働いている。

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今回も厚生労働省は、「やたら検査をして陽性者を増やすと患者が病院に殺到し、重症者の受け入れが困難になる」という理屈を振り回し、本当は検査数を増やしたくとも増やせない状況にあることを正直に説明しなかった。検査数を増やし、軽症者も(ホテルでいいので)隔離することで感染拡大はかなり防ぐことができたはずだが。

この状況を見かねたのか、首相官邸が介入した。だが、それでもPCR検査の数は3月末まで増えず、情けないことにマスクは店頭から姿を消したままだ。専門外の企業は政府にいくら頼まれても、検査機器や人工呼吸器などを製造して問題を起こしたら目も当てられない、と考える。

厚労省の役人は、まだ認可もしていない機器の使用を認めて、後で問題が起きたら訴訟されるのは自分たちだと考え、重い腰を上げない。

1980年代末に起きた「薬害エイズ事件」は、96 年に当時の菅直人厚生相がスタンドプレー的に同省の過誤を証明する文書を省内で「発見」させ、担当課長が業務上過失致死罪で有罪判決を受けた。「何かあると、政治家の人身御供にされるのはわれわれだ」という恐怖が、官僚に染み付いているのだ。

「緊縮財政至上主義」の見直しも

この、誰に責任があるとも言えない不作為が積もり積もった金縛り体制の中、世間は実態が分からないまま、戦時中の大本営発表さながらに当局が発表する「本日の新たな感染者数」に一喜一憂するばかり。感染者が少ないからといっては行楽に出掛け、多くなったといっては政府に緊急事態宣言の発出をせかす──。当局が感染者数に加えて「検査件数」も迅速に公表すれば、感染度の増減が詳細に分かるのだが。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

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