ニュース速報
ワールド

アングル:中国ヒット映画が描くギグワーカーの厳しい現実

2024年08月17日(土)08時26分

「逆行生活(Upstream)」 は、リストラの対象となった中年プログラマーを主人公とする物語だ。写真は上海で14日、映画館の前で撮影した同作のトレーラー(2024年 ロイター/Nicoco Chan)

Casey Hall Kevin Krolicki

[上海/北京 14日 ロイター] - この夏、中国映画界における最大のヒット作の1つでは、中国が抱える経済的な難問がいくつか取り上げられている。不安定な雇用市場、社会的な転落、単発で仕事を請け負う「ギグワーク」で働く数百万もの人々のぎりぎりの生活──。

「逆行生活(Upstream)」 は、リストラの対象となった中年プログラマーを主人公とする物語だ。年齢ゆえにホワイトカラーの仕事は見つからず、家族を養うために、危険を伴うギグワーク、フードデリバリーの仕事に身を投じる。

コミカルな役柄で知られる徐崢(シュー・ジェン)が監督・主演を務める「逆行生活」では、美団に代表される中国で人気の料理宅配サイト経由で、いわゆる「ラストワンマイル」を駆けずり回る薄給の宅配ドライバーが描かれている。

映画チケット販売サイト「猫眼電影(Maoyan)」によれば、13日の時点でこの作品の観客動員数は約500万人に達した。

9日に公開されたばかりの「逆行生活」がトップクラスの興行収入を稼ぐ背景には、デフレ経済における不安感、そして料理宅配ドライバーにのしかかる現実的なプレッシャーが、いずれも今まさに関心の的になっている状況がある。

ここ数年、中国映画でヒットする定番ジャンルといえば、戦争映画や歴史ドラマ、恋愛ドラマあたりが普通で、経済問題にフォーカスした作品のヒットは異例だ。

美団と、その最大のライバルであるアリババ傘下の餓了麼(Ele.me)で働く宅配ドライバーは少なくとも1000万人。勤務時間の長さや、1件当たり1ドル(約149円)相当にも満たないことが多い配達報酬に対する不満も聞こえる。

「逆行生活」では、ドライバー間、サイト間の競争は容赦なく、休憩時間もなしに1日14時間以上にも及びかねない勤務時間の中で危険な近道を選ぶ様子も描かれている。

香港を拠点とするマーケティングコンサルタント会社の創業者、アシュリー・ドゥダレノク氏は、「今の多くの中国人の思いをかなりリアルに描いている」と評する。昨今のネガティブさは10年前のムードとは対照的だという。

中国におけるビジネスや消費トレンドに関する複数の著書があるドゥダレノク氏は、「当時は、明日は今日よりよくなる、景気はよくなる、チャンスも広がっていくという基本的な強い信念があった」と語る。「今日では、そうした信念は見られない」

「逆行生活」に登場するドライバーたちを雇っている企業は明確に特定されていないが、彼らが身につけるヘルメットとユニフォームの明るい黄色は、美団のブランドカラーを思い起こさせる。

ロイターが美団に問い合わせたところ、広報担当者は「当社はその映画に関与していない」とし、作品における業界の描写についてもコメントを控えた。

「逆行生活」に参加した17のプロダクションには、アリババの映画子会社が含まれている。アリババ系列の餓了麼に似たライトブルーのユニフォームを着た運転手も作品に登場するが、作品の本筋とは関係なく、登場人物たちが働いている会社として明確に描かれているわけでもない。アリババによるコメントは今のところ得られていない。

<事故と衝突>

徐が演じる主人公の高志壘(ガオ・ジーレイ)と他2人のドライバーは、配達遅延のペナルティーを回避し、スマホのアプリを通じて流れてくる合成音声の指示に追いつこうと焦るあまり、自動車と接触してしまう。

また、高は自分の社会的な転落をなかなか受け入れられない。ショッピングモールに正面入り口から入ろうとして警備員に制止された高は、自分はつい先日までここで買い物していたのだと抗議する。「それは過去のことだ」と警備員は言い、通用口を使えと指示する。

配達を急ぐドライバーと警備員との衝突は、中国の街中ではありふれた光景だ。杭州の警察は12日、あるドライバーがオフィスビルに配達しようとしてフェンスを飛び越え、駆けつけた警備員に取り押さえられた事件について調査を進めていると発表した。このドライバーに対する扱いは、ネット上で激しい反応を引き起こした。

所属するプロダクションを通じて徐崢にコメントを求めたが、現時点で回答はない。徐はプレミア試写会で、観客に「宅配ドライバーの普通の1日がどのようなものかを見てもらう」ことによって、「希望と温もりを伝えようとした」と述べている。

ネット上では「逆行生活」について、近年の中国映画では検閲の恐れもあるためになかなか取り上げられない社会問題に取り組んだとして賞賛する映画評も見られる。映画情報サイト「IMDb」に似た中国のオンライン映画データベース「豆弁電影」で、ある観客は「この問題を取り上げるとは実に大胆だ」と評している。

別の観客は「頑張って働くだけでは必ずしも生活は良くならないことをこの作品は描いている」と書いている。「結婚せず、子どもも作らず、家も買わないことが、良い生活を実現する唯一の道かもしれない」

「逆行生活」のハッピーエンドに納得しない観客もいる。高はヒーロー並みの活躍でたくさんの配達をこなし、延滞していた住宅ローンの返済にこぎ着ける。SNSサイト「小紅書」に投稿されたレビューでは、「作品の娯楽性を強めるために、真実味がいくぶん犠牲になっている」とされている。

ロイターが上海で取材した配送ドライバーたちは、映画館で料金を払って「逆行生活」を観る予定はないが、オンラインで無料になったらストリーミング鑑賞するかもしれない、と語る。

林という姓だけ教えてくれた37歳の配送ドライバーは「普通の人が働く業界ではない」と語る。「時間との競争だ。注文が遅れる直前の1、2分は、命がけの競争になることもある」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

独成長率、第4四半期速報0.1%減 循環・構造問題

ワールド

米国の新たな制裁、ロシアの石油供給を大幅抑制も=I

ビジネス

ユーロ圏鉱工業生産、11月は前月比+0.2%・前年

ワールド

インドネシア中銀、0.25%利下げ 成長支援へ予想
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン」がSNSで大反響...ヘンリー王子の「大惨敗ぶり」が際立つ結果に
  • 4
    「日本は中国より悪」──米クリフス、同業とUSスチ…
  • 5
    ド派手な激突シーンが話題に...ロシアの偵察ドローン…
  • 6
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 7
    日鉄はUSスチール買収禁止に対して正々堂々、訴訟で…
  • 8
    ロシア軍高官の車を、ウクライナ自爆ドローンが急襲.…
  • 9
    TikTokに代わりアメリカで1位に躍り出たアプリ「レ…
  • 10
    中国自動車、ガソリン車は大幅減なのにEV販売は4割増…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分からなくなったペットの姿にネット爆笑【2024年の衝撃記事 5選】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 6
    ロシア兵を「射殺」...相次ぐ北朝鮮兵の誤射 退却も…
  • 7
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「…
  • 8
    装甲車がロシア兵を轢く決定的瞬間...戦場での衝撃映…
  • 9
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 10
    トランプさん、グリーンランドは地図ほど大きくない…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中