大聖堂崩落が告げる「欧州の終焉」......しかし西欧的価値観の輝きは永遠に
ノートルダム大聖堂の火災は「ヨーロッパの終焉」を告げる事件なのか Gonzalo Fuentes-REUTERS
<大聖堂崩落と欧州議会の極右化で「西洋の没落」は確定か――それでも人間中心主義と民主主義は死なず>
4月15日、フランスの首都パリのノートルダム大聖堂の火事は衝撃だった。明治以来、西欧の生活水準に憧れ、諸制度と価値観を学習してきた日本人の1人として、自分の内部で何かが焼け落ちていく痛みを感じた。
これは1918年にドイツの哲学者オズワルト・シュペングラーが著書『西洋の没落』で問うて以来、語られてきた「ヨーロッパの終焉」を本格的に告げる事件なのだろうか。
17世紀から西欧が育んだ、単一の民族と言語を建前とする国民国家、議会制民主主義など近代の諸制度は賞味期限を迎えているようだ。第二次大戦後の安全保障と経済繁栄のメカニズム(NATOとEU)も同じだ。
単一民族性の強かった北欧諸国にさえ、中東からの移民が急増。国籍取得後も就職難に悩む移民は、子弟にも十分な教育を施せず、地元社会に同化できない。人間を中心に据える合理主義や個人主義といった西欧的価値観は、個人より神や縁故関係を前面に出す中東系諸民族から挑戦を受けている。
欧州諸国は国民国家から多民族国家へと変質しつつあるのだ。しかも、多くの西欧諸国で大学入学希望者には必修であったギリシャ・ローマ古典の地位が低下。キリスト教会へ行く者も減少するなど、ヨーロッパ人としてのアイデンティティーが希薄化しつつある。
ポピュリズムによる腐食
繁栄の中心がアメリカ、次いでアジアに移り、EU経済は停滞した。政府・与党を全ての悪の根源と見なし、移民やEUを目の敵とする極右諸政党や扇動政治家を支持するヨーロッパ市民は少なくない。ポピュリズムの波は欧州諸国の民主主義と統治能力を腐食させつつある。
戦後ヨーロッパの安全保障の柱はNATOだったが、ソ連崩壊で存在意義が低下した。東欧・バルト諸国にとって脅威のロシアは、西欧諸国にとって合従連衡の相手にすぎない。
EUも求心力を失った。イギリスのEU離脱だけではない。EUの扇の要とも言うべき独仏間にすら、かつてのような「両国の対立が再び世界大戦の引き金を引いてはならない」という切迫感が抜け落ちている。EUと単一通貨ユーロは統一ドイツを封じ込めておくためのものだったが、むしろドイツ産業に格好の輸出市場を提供し、ドイツの独り勝ちをもたらしている。
とはいえドイツは戦前のような領土拡張を必要とせず、平和主義の傾向が強い。製造業に軸足を置いたドイツの経済は、金融と人工知能(AI)の応用面での弱さを露呈する。ドイツも、欧州で覇を唱える力はないのだ。
戦後の枠組み、国民国家内部のガバナンス、経済モデル、価値観と、多くのものが液状化しつつある。15世紀以来の海外征服、そして産業革命で莫大な資本を蓄積してきたヨーロッパは、5世紀の西ローマ帝国のように崩壊することはないだろうが。
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