コラム

熱狂なきロシア大統領選とプーチン時代の終焉

2018年03月27日(火)15時00分

トランプ米大統領をプーチンは操っている?(写真は大統領選期間中のプーチン支持集会) Maxim Shemetov-REUTERS

<経済の空洞化と核ミサイルの脅しは北朝鮮そっくり――トランプも安倍もかつての大国ロシアを過大評価していないか>

3月18日のロシア大統領選など結果を見るまでもない。この3カ月、プーチン大統領再選に向かう筋書きばかり見え見えで、ドラマなき選挙戦だった。

実は14年のクリミア併合直後のプーチンへの熱狂的支持はすっかり冷めている。大都市圏での支持率は選挙前の1月から2月にかけ、69.7%から57.1%へと顕著な下落を見せた。

欧米の経済制裁と原油価格の急落が相まって、第3期プーチン政権が発足した12年以来、インフレによって国民の実質所得は大幅に減少した。医療や教育などのばらまき予算も実質では純減。生活に苦しむ若者の不満を吸い上げる反体制運動家らは当局につぶされる。

むしろ増えたのは軍事費ばかりだ。3月1日、プーチンは年次教書演説を行ったが、国民の生活向上への空疎な約束や「AI経済に乗り遅れるな」という呼び掛けに、満場の議員は無表情。だが後半、新型ミサイルが飛ぶ子供だましの動画を背にプーチンが、「ロシアの攻撃を逃れることは不可能。アメリカよ、今こそロシアの声を聞け」と述べると大喝采。経済の空洞化と核ミサイルでの脅し――これではまるで北朝鮮だ。

筆者の耳にはロシアの識者たちから危惧の声が入ってくる。

「外交的転進」は徐々に

プーチンも任期末の24年には71歳と、ロシア男性の平均寿命66.5歳を超える高齢だ。権力層はプーチン後をにらみ、有望候補を囲み陣取りゲームを始めるだろう。連続3選を禁じた憲法により任期が終わるプーチンはそれを抑えることができまい。

それに付け込んで、さまざまな勢力がテロを仕掛けるだろう。国が乱れるのを防ぐため、プーチンはエリツィン元大統領のように、任期半ばで次の者に権力を禅譲するかもしれない。その場合でも院政は維持しようとするだろうが――。

今のところ、後釜に座れるような有能でカリスマのある政治家や官僚は見当たらない。ただしプーチンもエリツィンの後を継いだ当初は、そのカリスマのなさを散々揶揄されたものだ。位が人をつくるのだ。

米大統領選への介入が発覚後、アメリカではロシアの脅威を過大評価するのが政界や言論界の定番になった。民主党は「トランプは敵国ロシアの操り人形」という攻撃に使えるし、米国防総省はオバマ前政権で削減された国防費をまた増やせるからだ。

しかしロシアの軍事力はせいぜいその周縁地域に少々の影響を及ぼせる程度だ。経済やビジネスの実力も、中国と比べても2周回ぐらい遅れている。

91年末のソ連崩壊が生んだ遠心力はまだ続いており、今のロシアに旧共産圏のような「影響圏」を取り返す力はない。米軍が居残るシリアでロシアは出血を強いられているし、1年後に大統領選を控えるウクライナは親ロ派から東部奪回を狙っている。欧米が思うほど、プーチンは順風満帆ではない。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story