コラム

シリアで拘束されたスペイン人元人質の証言──安田純平さん事件のヒントとして

2018年09月18日(火)16時30分

写真はイメージです BrilliantEye-iStock.

<安田純平さん拘束の1カ月後にシリアの武装組織に拘束され、10カ月後に解放されたスペイン人ジャーナリストが、「通訳兼コーディネーターに裏切られた」と語っている。その通訳とみられる人物に質してみると......>

安田純平さんがシリア北部で武装組織に拘束されて3年がたったことについて、先月のコラム (「安田純平さん拘束から3年と、日本の不名誉」)で取り上げた。しかし、7月末にインターネットの動画サイトに掲示された、オレンジ色の服を着せられ、銃を突きつけられた安田さんの動画については詳しく触れなかった。安田さんが「私の名はウマルです。韓国人です」と語ったことなど、謎ばかりだった。

安田さんの関連で情報を探すうちに、シリア国境に近いトルコ南部にいるという「ウサーマ」という人物と連絡がとれた。日本のメディアとも仕事をしている英語・アラビア語の通訳兼コーディネーターだと名乗った。

ウサーマは「ヌスラ戦線(現・シリア解放機構)に一時拘束されたことがある」と話していたが、インターネット電話でのやりとりであり、真偽のほどは分からなかった。

安田さんが自分のことを「ウマル」「韓国人」と語ったことについて質問すると、ウサーマは「安田さんは自分のことが分からなくなっているという情報が出ている」と語った。ウサーマという人物の実体もよく分からないままであり、その"情報"の信ぴょう性も定かではなかった。

その後、安田さんが置かれた環境について知るために、私はヌスラ戦線に拘束された後、解放されたスペイン人ジャーナリスト3人やドイツ人女性ジャーナリストについての情報を調べていた。スペイン人ジャーナリスト3人は、安田さん拘束の1カ月後の2015年7月に拘束され、2016年5月に10カ月の拘束を経て解放された。

解放された当初は、人質になったジャーナリストはほとんど何も語っていなかったが、それから1年後の2017年5月に、3人のうちの1人のアントニオ・パンプリエガが自身の人質体験を『暗闇の中で(En la oscuridad)』として出版したのをきっかけに、いくつものスペインメディアのインタビューを受けているのを知った。

スペイン人の写真を撮り、フェイスブックにあげたウサーマ

パンプリエガは拘束されるまでに12回、シリア北部に入って報道していた紛争取材のエキスパートである。パンプリエガは拘束された時、シリアの反体制地域で活動するボランティアの人命救援部隊である「民間防衛隊(ホワイトヘルメット)」について取材していたという。パンプリエガは自分たちがヌスラ戦線に拘束されたのは、同行した「ウサーマ」というシリア人の通訳兼コーディネーターが「裏切って、彼らをヌスラ戦線に売ったためだ」と繰り返し語っていた。

ウサーマというのは、私がインターネット電話で話したウサーマだろうかと思った。アラブ人には同じ名前が多く、ウサーマだけでは同一人物とは言えない。ただし、私が話したウサーマも「一時、ヌスラ戦線に拘束された」と語った。報道によると、スペイン人3人の通訳兼コーディネーターは、一緒に拘束されたが、2カ月後に解放されたことになっている。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story