コラム

安倍トランプ蜜月の先にある中東の3つの課題

2017年02月17日(金)11時48分

トランプがIS掃討で地上部隊を派遣する可能性

さらに心配されるのは、ISとの戦いである。米国はオバマ政権時代の2014年秋に、有志連合を組織して、イラクとシリアにまたがるISへの空爆を始めたが、地上軍の派遣は否定してきた。

トランプ氏は選挙キャンペーン中に「IS根絶」を公約しており、「地上部隊の派遣」についても2016年3月の共和党討論会で「我々はISを打倒し、排除するしかない」と地上軍派遣について語り、「どのほどの軍隊か」と質問され、「私は軍の将軍たちに聞くだろうが、これまでに聞いているのは2万人から3万人だ」と答えている。

ISとの戦いでは、昨年10月中旬にイラクでのISの"首都"モスルに対して、米国の支援を受けたイラク軍による掃討作戦が始まった。シリア側の"首都"ラッカでは、米軍が支援するクルド人主導の部隊が昨年11月から掃討作戦を始めた。モスルは市内に入ったものの戦いには予想以上に時間がかかっている。ラッカについてはまだ市周辺地域の村々からISを排除する軍事作戦の段階である。

トランプ政権はIS掃討作戦で本当に地上部隊を派遣するだろうか。私は現在のシリア情勢を見ながら、その可能性は高いと見ている。

シリア内戦では昨年12月にアサド政権軍がアレッポ東部の反政府勢力を排除し、全市を制圧した。その後、ロシアとトルコが仲介して、政府軍と反体制勢力の停戦が合意され、国連安保理も停戦を支持する決議を採択した。

その後、ロシアとトルコは1月にカザフスタンでシリア内戦の和平会議を開き、アサド政権や自由シリア軍も参加し、イランも参加し、ロシア、トルコ、イランの3カ国が停戦監視組織をつくることで合意した。米国は駐カザフスタン大使が出席しただけで、アレッポ東部陥落以来、停戦合意や政治プロセスは、全く米国抜きで進んでいる。

トランプ氏は就任前からロシアとの関係改善や協調を語っているが、現状でロシア主導のシリア和平プロセスに乗っかれば、米国の中東での影響力は決定的に失われてしまう。

【参考記事】 2017年は中東ニュースが減る「踊り場の年」に【展望・前編】

トランプ政権がシリア問題でロシアと協力するとしても、米国はシリア内戦の関与において影響力を回復することが先決である。そのためにはこれまでのロシア主導では手がついていない、シリア側のISとの戦いで地上軍を派遣して、ラッカ掃討作戦を主導するという選択肢が現実味を帯びてくるだろう。

トランプ氏はこれまでに「テロとの戦い」を進める上で、アサド政権との協力の必要性を語っている。アサド政権やロシアの了解も得て、米軍がラッカからISを排除する軍事作戦を実施し、その後、現在のロシア主導の政治プロセスに米国が参加する形で、シリア内戦終結と国家再建を実現する国際的な枠組みが始まるというシナリオが可能になる。

そうなれば日本にも当然、対テロ戦争後の平和維持とシリア再建への関与が求められるだろう。トランプ大統領からラッカ陥落後の戦後プロセスで自衛隊の派遣を求められた時、安倍政権は拒否できるだろうか。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

S&P、アダニ・グループ3社の見通し引き下げ 米で

ワールド

焦点:ウクライナ巡り市民が告発し合うロシア、「密告

ワールド

台湾総統、太平洋3カ国訪問へ 米立ち寄り先の詳細は

ワールド

IAEA理事会、イランに協力改善求める決議採択
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story