コラム

韓国最高裁が歴史認識問題で「親日判決」を出した深い理由

2023年11月21日(火)17時10分

現政府の威信を傷つけた判決もある

焦点は野党「共に民主党」代表の李在明(イ・ジェミョン)をめぐる疑惑だった。李の不動産投資や北朝鮮への不正送金をめぐる疑惑について検察が求めた李の逮捕は、野党の分裂にも助けられ国会の同意も得た。しかし、ここでソウル中央地裁が検察の逮捕状請求について容疑に不十分な部分があり、「証拠隠滅の恐れがあると断定するのは困難」として棄却した。検察と捜査を支援した与党・政府の威信は大きく傷ついた。

野党党首をめぐる疑惑と歴史認識問題をめぐる一連の裁判はそもそも性格が全く異なる事件であるが、それでも結果を分けた原因を分析するなら、1つは韓国世論の関心の違いだろう。

例えば、韓国の代表的な進歩派新聞であるハンギョレ新聞の慰安婦問題に関する記事は、朴が刑事訴追された14年から22年の間に4分の1近くにまで減少している。徴用工問題への関心も同様で、ピークの19年から比べると昨年の報道量はわずか10分の1近くに減った。対してハンギョレ新聞の李の疑惑への関心は高く、21年以降、不動産疑惑の中心である「大庄洞」に関わる記事の数は、毎年400件を超えている。

だからこそ、裁判所はこの問題の審理に慎重だった。逮捕状執行をめぐり、李が地裁に入ったのは9月26日午前。9時間に渡る事情聴取を含め、裁判官が熟考の末に決定を下した時、時計は日付をまたいだ27日未明を示していた。そこに世論の高い関心に配慮する裁判官の苦悩を見るのは容易だ。

明らかなのは、司法が世論の関心を考慮して判断を下していること自体は変わらないが、歴史認識問題についてはその前提となったかつての大きな関心が失われた結果、司法が冷静に判断を下せるようになっている、ということであろう。だとすると重要なのは、政権からの干渉よりもむしろ、個々の問題が「政治化」せず、人々が冷静に議論できる環境なのだろう。

だとすれば、われわれ日本人にとっても重要なのは、一喜一憂して大騒ぎしないこと、なのかもしれない。

ニューズウィーク日本版 トランプショック
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月22日号(4月15日発売)は「トランプショック」特集。関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story