コラム

イデオロギーで分断された韓国司法の真実

2021年06月30日(水)15時00分

例えば2017年に大統領に就任した文在寅の下では、現在でも先の大統領である朴槿恵(パク・クネ)の任命した裁判官が数多く残っている。大法院長の任期が6年で、その大法院長がさらに3人の憲法裁判所裁判官を指名できるということは、最大限12年間にわたって退任した大統領の息のかかった人物が司法の頂点に残り得ることを意味している。

だからこそ、韓国司法は日本に比べて容易に政治化することになる。そして韓国においてそれは必ずしも悪しきこととは考えられていない。民主主義による司法に対する統制の一つの重要な要素だと考えられているからである。

しかし、それはこの国の司法が「時の大統領や与党」の意思に沿って動いているということではない。なぜなら、そこには「過去」と「未来」の2つの要素もまた作用するからである。既に述べたように「過去」の大統領により任命あるいは指名された裁判官たちは、この「過去」の大統領に近いイデオロギーを有している。

しかしながら、彼らにとってより重要なのは「現在」より「未来」である。韓国においては大統領の任期が憲法により1期5年に限られている。加えて、この国では退任した大統領の個人的威信が直後に失墜することが繰り返されているから、裁判官たちは退任後の大統領の意向を考慮する必要は実はほとんどない。

だからこそ、大統領より長い任期を持ち、自らキャリアにおいてさらなる地位の向上を目指す裁判官たちにとって重要なのは、「未来」において自らの人事に関わる大統領や与党、そしてその方向性を決めるであろう世論の動向である。

韓国司法において、一定以上の範囲で世論の影響が見られるのはそのためであり、当然この「未来」を見据えた動きは、現職の大統領の任期が末期に近づくほど大きくなる。そしてここで「歴史」が作用する。

1948年の建国後、李承晩(イ ・スンマン)、朴正煕(パク・チョンヒ) 、そして全斗煥(チョン・ドゥファン)と続いた長期の権威主義政権を経験したかつての韓国では、司法とは支配の道具の1つであり、裁判官には時々の政権の意向に沿った判決を下すことが期待され、権力分立は機能していなかった。

しかし、このような状況は1987年の民主化により一変する。裁判官たちは、突如として時の政権から独立した自らの「良心」による判決を求められたからである。とはいえ、民主化が韓国の司法に与えた影響はそれだけではなかった。「過去」の司法が行政に従属し、その判決が時々の政権の意向によりねじ曲げられてきた以上、民主化以後の状況においては、これら「過去」の司法が下した判例や慣行は変更されざるを得なくなった。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story