コラム

踊り場に来た米韓同盟:GSOMIA破棄と破棄延期の真意

2019年11月25日(月)17時50分

文在寅ら韓国の進歩派は、大国の影響圏から離脱し、「自主自立」することを目指している Chalinee Thirasupa-REUTERS

<土壇場でアメリカの圧力に屈するくらいなら、韓国はなぜGSOMIAを破棄するようなまねをしたのか>

2019年11月22日、韓国政府は期限切れぎりぎりのタイミングで、自らが前月に行った日韓GSOMIA破棄決定の「条件付き延期」を発表した。この直前、アメリカ政府は、在韓米軍駐留経費負担増を巡る交渉にて、在韓米軍の削減・撤退の可能性を示す情報をリークするなど、様々な形で韓国政府に圧力をかけていたから、韓国政府はこれに一旦屈服して、譲歩した事になる。とはいえ、「条件付き延期」という表現からも明らかな様に、韓国政府はGSOMIAを交渉のテーブルから完全に下ろしてはいない。アメリカ政府が強い反発を見せる中、何故に韓国政府は一見、非合理に見える選択を取り続けているのだろうか。

この点について、まずその前提となる日韓関係を巡る状況から見て行こう。まず2018年10月30日に韓国大法院が元徴用工問題に関わる裁判において、いわゆる植民地支配違法論に基づいて、原告らの日本企業に対する慰謝料請求権を認め、日本政府はこれに大きく反発した。しかしながら、この状況に対して韓国政府は積極的な対応を行わず、しびれを切らした形になった日本政府が、2019年7月1日、韓国に対する輸出管理措置の強化を発表した。これを事実上の経済制裁だと受け止めた韓国世論は激しく反発し、強硬な世論に押される形になった韓国政府は、自らも日本への対抗措置を次々と発表した。そしてその一つとして、8月23日、GSOMIA破棄を日本政府に通告する事になった。

一見、非合理な選択

起こっているのは、元徴用工問題を中心とする歴史認識問題を巡る日韓両国間の葛藤が、日本政府による輸出管理措置強化により経済問題にまで発展し、更に韓国政府がこれをGSOMIAの破棄に結びつけた事により、安全保障を巡る問題にまで発展した、という状況である。これにより日韓両国間の対立はその深刻度を増している事がわかる。

さらに、この様な事態の発展は、異なる意味をも有している。経済問題や安全保障問題は、歴史認識問題や領土問題を巡る問題とは異なり、日韓両国間では完結せず、他国をも大きく巻き込んでいく性格を有しているからだ。とりわけ安全保障問題は、日韓両国の共通の同盟国であるアメリカを巻き込まざるを得なくなるから、問題が大きくなる事は避けられない。

しかしそれなら韓国はなぜ、GSOMIA破棄という一見自らにとって明らかに不利に見えるカードを切っていく事になったのだろうか。ここにおける彼らの本来の意図がどこにあったかは、8月に破棄を通告して以後の、彼ら自身の説明から知る事ができる。つまり、彼らが一貫して主張しているのは、現在の日韓間の関係が、「日本側の輸出管理措置の発動により」相互の信頼関係が大きく損なわれた状態にある事であり、故にこの様な状態においては、軍事的に緊要な情報を交換する協定を維持することなど不可能だ、という事である。 

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米テキサス・ニューメキシコ州のはしか感染20%増、

ビジネス

米FRB、7月から3回連続で25bp利下げへ=ゴー

ワールド

米ニューメキシコ州共和党本部に放火、「ICE=KK

ビジネス

大和証G・かんぽ生命・三井物、オルタナティブ資産運
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story