コラム

イギリス究極の動物愛

2012年07月25日(水)15時30分

 動物に抱く愛情は、何だか妙なものだ。なぜなら大抵、僕たちは動物たちと交流でき、動物が人間のような感情を抱いているものだと(誤って)思い込んでいるものだから。たとえば、ネコが膝の上で丸くなってのどを鳴らしていれば、ネコが自分のことを「愛している」と思えてしまう。あるいは犬を叱りつけた時に縮こまってクンクン鳴いていれば、犬が「ごめんなさい」と謝っていると考える。

 でも合理的に考えて、僕はそうした見方をちょっとばかにしてしまう。そんな事実はいっさいないからだ。人間が単に、(僕がどこかで読んだ言葉を借りれば)「擬人化せずにはいられない症候群」に陥っているだけのことだ。

 あるいは僕たちは、ある動物にさまざまな良さを見出して愛するのかもしれない。かわいらしさ、気高さ、優美さ......。大抵、こうした特徴は僕たちが勝手に押しつけたもので、動物たちに備わっている客観的事実ではない。

 つまり、動物への愛情は動物そのものよりも、人間について多くを物語っているということだ。だから、表向きはイギリス関連の事柄をつづっているこのブログで、僕がハリネズミについて書いたとしても、読者はきっと受け入れてくれると思う。なぜなら、イギリス人が「ハリネズミ愛」を抱いていることに、僕は最近気付いたからだ。

 これは僕にとって面白い発見だった。僕がハリネズミ好きなのは、そこらの人たちとはちょっと違う個人的な変わった好みだとばかり思っていたからだ。だがそれどころか、ハリネズミ好きな僕はむしろ、典型的なイギリス人ということになる。

■ハリネズミは自己イメージにぴったり

 なぜ僕がハリネズミ好きなのかは、うまく言えない。ハリネズミは(当然ながら)針だらけだからなでるわけにもいかないし、ノミを媒介する。人間との交流といえば、すぐに丸まることくらいだ。無理にでも好きな理由を言えと言われれば、おそらく僕はハリネズミの奇妙な見てくれをかわいらしく思うことと、ハリネズミが僕の子供時代を思い起こさせるからだと答えるだろう(僕が子供だった当時ハリネズミはしょっちゅう出没したけれど、それでも見つければいつもワクワクした)。ハリネズミは虫を食べてくれるから「ガーデニングの友」だと言うイギリス人もいる。

 実際のところ、僕はこう感じるようになった。今のイギリスのハリネズミ人気は、イギリス人が感傷的にしがみつきたい「イギリス人像」と関係があるんじゃないだろうか。

 イギリスには極端なものがない。高山や砂漠といった特異な地形もないし、猛威をふるう気候もない。代わりに、わりと頻繁に雨が降り、生垣や草地が多いくらいなもの。イギリス人は自分たちが、急進的な政治思想や強烈な感情などには左右されない分別ある落ち着いた国民だと考えたがる。イギリスの野生動物もあまりパッとしない(ライオンやゾウ、ゴリラ、毒ヘビやワニなど、動物園での花形の動物はいずれも、イギリス出身ではない)。
 
 その点、控えめで風変わりで愛嬌のある小動物のハリネズミは、イギリスの国民性やお国柄、環境などに関して僕たちが描く自己イメージによく当てはまる。

■国を挙げた救済の動きも

 そんなハリネズミが今、危機にひんしている。僕の子供時代には、たくさんのハリネズミが生息していた(文献によると、60年前には3600万匹いたらしい)。11月のボンファイア・ナイト(17世紀の国会議事堂爆破未遂事件を記念して行われるかがり火のイベント)の前には、よく言われたものだ。数日前から前もって薪を積んでいたなら、火をつける前にハリネズミが中で巣を作っていないか確認しろ、と(ハリネズミの冬ごもりの場所には最適な場所だった)。

 今ではハリネズミの数は200万以下になり、絶滅の危機さえ叫ばれている。害虫駆除薬や自動車、芝刈り機もハリネズミを脅かす(これらはすべて今のイギリスで増え続けている)。

 道路や鉄道の担当機関がハリネズミ保護の対策を講じるようと、法律でハリネズミを救済する動きも始まっている。このキャンペーンは「セーブ・ハリー」と呼ばれている。日本語がハリネズミだから、偶然の一致に驚いた(英語ではHedgehog)。

 そんな今日この頃、僕はわが家の庭に小さなコーナーを設けようと計画中だ。すみかを探すハリネズミにぴったりな一角を。どこかからハリネズミがやってきて、僕と暮らし始めたら最高だと思う。もちろん、そのハリネズミも僕のことを大好きになってくれるはずだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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