- HOME
- コラム
- Edge of Europe
- 英王室御用達のイチゴジャムの秘密

コリン・ジョイス Edge of Europe
英王室御用達のイチゴジャムの秘密
以前ベーグルについて書いていたとき、ベーグルに関する記事のある1文が心に引っかかった。
「ベーグルといえばニューヨークだ。パンと都市がこれほど密接に結びついて考えらえれている例は、恐らく他にない」。シリアスイーツ・ドットコムが主催したベーグルコンテストの審査員の1人は、そう述べていた。
僕がそれを面白く思ったのは、ニューヨークはもちろんベーグルの発祥の地ではないから。ベーグルは17世紀にポーランドで生まれたもので、東欧ではユダヤ人と結びついて考えられている。ユダヤ人の移民が後にニューヨークに伝えたのだ。
同様に、ジャムといえばイギリスと思われている。世界1おいしいジャムは、偶然にも僕の両親が住んでいるイギリスのエセックス州で作られている。大げさな、と思うかもしれないが、同州の小さな村ティプトリーにあるウィルキン&サンズのジャム(ティプトリーと呼ばれる)の素晴らしさは、誰もが認めるところだ。
ティプトリーには実に多彩な種類の素晴らしいジャムがあり、しかも普通のジャムと値段があまり変わらない(外国で買うのはかなり高価だが)。世界の「食通」が愛するウィルキン&サンズは王室御用達の店の1つで、04年にはワシントン・ポスト紙の記事にもなった。
数あるティプトリーのジャムの中でも、イギリス人にとって特別なのは「リトル・スカーレット」と呼ばれるストロベリージャムだ。このジャムは、かなり甘い(ただし人工的な甘さではない)。だから、ほんの少しトーストにぬるぐらいがちょうどいい。ジェームズ・ボンドは、アストン・マーチンに乗り、ロレックスの時計をはめ、リトルスカーレットのジャムを食べる(『ロシアより愛をこめて』にそう書いてある)。
イギリスに帰国したときに、ウィルキン&サンズのジャム工場を訪ね(ティプトリーには他にすることはほとんどない)、「リトル・スカーレット」の裏話を聞いて驚いた。リトル・スカーレットには真っ赤な小粒のイチゴの種が使われているのだが、実はこれ、100年以上前にウィルキン氏がアメリカを訪れたときに見つけた野生のイチゴなのだという。このイチゴが素晴らしいジャムになると見抜いてウィルキン氏がイギリスに持ち帰ったのだが、元をただせばアメリカのイチゴだったのだ!
それでもこのジャムは、イギリスの「功績」といえるだろう。僕の知っている限り、リトル・スカーレットの「潜在力」を見抜いた人は他にいない。ましてや、ジャムとして売り出そうなんて。何しろベリー類を育てるのは容易ではない。イチゴは手で摘まなければいけないが、リトル・スカーレットはかなり小粒なため、普通の大きさのイチゴと同じだけの量を摘むのに、人手も時間もかかる。
収穫期は通常よりも短くて3週間。それを過ぎると熟し過ぎてしまう。たくさんは収穫できないから、いつもリトル・スカーレットは品薄状態だ。だからといって、値段を吊り上げるようなことはしないのは見上げたものだ。
言っておくが、僕はウィルキン&サンズとは何の関係もない。僕が言いたいのは、ティプトリーのジャムは人生のささやかな楽しみを与えてくれるということ。それに、電車の駅も止まらないような小さな村から、世界への輸出品が生まれたという点もいい。
政治改革を「いかにもそれやらなそう」な政党がやるとどうなるか 2025.02.15
「嫌な奴」イーロン・マスクがイギリスを救ったかも 2025.02.07
煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄道網が次々と「再国有化」されている 2025.01.22
2025年、ついにオアシス再結成......その真実を語ろう 2025.01.08
土地持ち農家は高額な相続税を払え...英労働党の新方針が農村部で大不評 2024.12.27
シリアに散った眼帯のジャーナリスト...アサド政権崩壊で思い返したいこと 2024.12.12
バックパックを背負った犬が歩くたび、自然が蘇る未来 2024.12.06