コラム

アベノミクスが目を背ける日本の「賃金格差」

2015年07月16日(木)15時00分

 というわけで、米財務省などの公文書をみると、付加価値税は実質事業税ではないかとの指摘がされています。法人税もありながら事業税もダブルで課すなんて、これでは内需関連企業に多大な負担となるだけで、国内のベンチャー企業の芽を摘んでしまうことにもなりかねない。しかも内需関連事業者だけに負担を強いる=業種によって税金を払う・払わないの差があるのは不公平であるとして、連邦国家としての米国では付加価値税の採用をしていません。

 事業者が付加価値に対して払う税金が消費税の本当の姿であり、事業者としては税金が上がるためモノやサービスにその分を転嫁するという事態が発生します。とは言え、税金分を100%転嫁すべしといった法的な強制力もありません。転嫁する、しない、中には競業する他社を尻目に値段の引き下げまでする事業者も出て来る始末です。昨年の消費税増税時期に各牛丼チェーン店で牛丼の値段が引き上げ、据え置き、引下げがあったのは、そういった消費税の「グレーゾーンの性質」があるからで、実際の経済活動では価格競争がある以上、結果的に消費税はモノやサービスの価格に埋没してしまうのです。

 増税をきっかけとした価格の据え置きや引き下げが供給側の体制強化、すなわち企業内の組織や作業を改革に役立つとする声もありますが、税の原則は公平・中立・簡素であり、透明性の維持が何より重要となります。結局モノの値段に紛れてしまってどの部分が税金かわからないという不透明さも米国当局が付加価値税を敬遠する理由の1つとなっています。転嫁の問題は業者側の問題であって税金の問題とは別と切り離すべきとの主張は詭弁で、切り離すことのできない、価格に埋没する曖昧な性質を前提として成り立つ税制度そのものがおかしいというスタンスは米企業課税特別委員会の文献からもうかがえます。

 消費税増税分がモノやサービスに転嫁されると、それを消費者は物価として負担をします。細かい話ですが、消費者は物価の負担をしているだけ、内需関連事業者が実際の消費税の納税者、ここはきっちり分けておく必要があるでしょう。サラリーマンの平均給与がここ十数年低下傾向にある中で消費税によって物価の引き上げがされればどうなるか。実質の手取りは少なくなり、生活が苦しくなります。物価上昇に賃金上昇が追い付かなければ、消費に回せる部分も少なくなってしまいます。結果、GDPの6割を占める民間消費が低迷し内需は縮小するだけです。

 内需関連事業者は増税で、消費者は物価の上昇で生活が苦しくなる、これが消費税の国内経済へもたらす直接的な影響です。以前紹介した米財務省などが典型ですが、海外勢からしてみると、実質賃金引き上げを企業に勧告してもすぐに出来るわけではないし、事実、日本の実質賃金は25カ月連続でマイナスの状態が続いています。内需が長らく低迷して困っている状況であるのに、なぜわざわざ消費税の増税をして実質的な国民所得を圧迫し、内需関連事業者の負担増で国内経済を疲弊させるのか、と理解に苦しむわけです。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

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