コラム

この本の売れ行きは、高市早苗の「次」を示唆している

2021年10月19日(火)06時00分

HISAKO KAWASAKIーNEWSWEEK JAPAN

<先の自民党総裁選で大きな注目を集めた高市早苗。この本の内容そしてセールスは、安倍晋三元首相の後継者として彼女が「次」のステータスに王手を掛けたことを高らかに宣言している>

今回のダメ本

ishido-web02_1016.jpg美しく、強く、成長する国へ。

高市早苗[著]
WAC出版
(2021年9月15日)

自民党総裁選で注目を集め、ある意味では「時の政治家」となった人、高市早苗の一冊である。もとよりタカ派的な思考を隠さずに語ってきた政治家だったが、この総裁選でインターネット上の保守層を中心に熱狂的な支持を集めることに成功した。

セールスも好調で、9月15 日の発売前から予約が殺到し、あっという間に14万部を突破してベストセラー街道を走り続けている。なぜ、短期間でここまでの支持を広げることに成功したのか。理由の1つは、彼女が保守派の熱望してきた安倍晋三政権の最も正統な後継者であると本書で宣言したことにある。構成はなかなか巧みだ。冒頭と終章に、いかにも──特にネット上の──保守派が喜びそうな「国家観」をうかがわせる言葉をちりばめている。

日本人が大切にしてきた価値観とは「例えば、ご先祖様に感謝し、食べ物を大切にし、礼節と公益を守り、しっかりと学び、勤勉に働くこと。困っている方が居られたら、皆で助けること。そして、常に『今日よりも良い明日』を目指して力を尽くすこと」であると断言し、さらに終章にはこんな言葉もある。

「御皇室の存在は日本人にとっての誇りであることは言うまでもない。また、世界に誇れる優れた戸籍制度を否定し、夫婦親子を別氏にしてしまう夫婦別氏推進論についても、私は常に積極的にその課題を指摘してきた」

保守派の根幹ともいえる夫婦別姓問題について「その課題を指摘してきた」という表現を使って立ち位置を鮮明にし、憲法改正についても言及している。保守派は冒頭と終章で大いに満足するだろう。だが、ここまでは保守派の価値観表明であり、イデオロギーを共有する一部の人々に訴え掛けるだけで終わってしまう。

安倍政権の本質は価値観を共有する保守派で強固な支持層を固めつつ、穏健な保守層からも支持を取り付けた点にあった。そのベースになっていたのが、経済政策、それもマクロ経済政策だ。高市は安倍ブレーンでもあった経済学者の浜田宏一らからもレクチャーを受けており、その成果を本書の中に書き込んでいる。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story