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肝心なところが分からない「菅首相」立身出世本の不毛
HISAKO KAWASAKIーNEWSWEEK JAPAN
<都合のいい話ばかりをつなぎ合わせれば本書のように描ける。だが、つまるところ本書は「菅義偉」という人間をこう見てくれたらうれしいという願望が反映された本であり、肝心なところは何も分からない>
今回のダメ本
『内閣官房長官』
大下英治[著]
エムディエヌコーポレーション
(2020年4月)
この号が出る頃には、自民党の新総裁が決まっているだろう。選挙戦の中で、俄然注目度が高まったのが、菅義偉官房長官であることは間違いない。メディア上で肯定的に取り上げられるようになった「たたき上げ」話だ。いわく、秋田県のイチゴ農家に生まれ育った菅は集団就職で上京し、段ボール工場などで働きながら法政大学に入学、苦労して政治の世界に入り、横浜市議からのし上がっていった――。
「政治家2世ではないから信用できそうだ」「苦労した人だから国民の気持ちが分かるだろう......」、そして安倍政権を支えた7年8カ月によって、「危機管理」に強いといったイメージができつつあるかのように私には見える。
さて、実際のところはどうなのだろうか。
大下英治は政治家の評伝を数多く手掛けてきた作家である。この本の中でも菅本人だけでなく、二階俊博、古賀誠といった自民党の重鎮に始まり、コロナ禍でにわかに注目が集まった経済再生担当相の西村康稔や、菅と親交が深い証券アナリストなどを幅広く取材し、多くの声を引き出し、一冊にまとめている。
政治家の信頼を得ている大下の手法は、本書の中でも健在だ。彼の特徴は非常に明快に指摘できる。それは、政治家を批判的に分析するという視点はほとんどないということだ。とにかく立身出世伝を描こうとする。菅は「乱世に強い」政治家であり、国家観なき民主党政権に代わり「もう一度、安倍晋三という政治家は、国の舵取りをやるべきだ」と信じ、政権に徹底的に尽くした人物として描かれる。
安倍政権下で噴出した数々の疑惑に対して、真摯に説明を果たしたとはおよそ言えない会見は、コリン・パウエル元米国務長官に学んだ「答えない権利」の行使であり、実は「人の話をたくさん聞く」政治家であるという話ばかりがやたらと繰り返される。
異論に耳を傾けるというのは、単に話を聞くだけではなく、誠実に説明し、納得してもらうことこそが結果だという筋論はどこかに飛んでいってしまう。
極端な右派とも共鳴していた安倍政権の「国家観」なるものが支えるに値するものかはイマイチ分からないが、本書を読んで最も分からないのは当の菅自身の「国家観」だ。これまた強調される私心のなさは、言い換えれば政治を通して実現したいことが本人には無いということの裏返しである。
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