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英暴動は他人事ではない......偽・誤情報の「不都合な真実」
偽・誤情報の解像度の致命的な粗さ
実は、ここまでの話には大きなすれ違いがある。FIMI、IBVEsは狭い範囲かつ目的を絞ったツールとして偽・誤情報を使っている。具体的に言うなら、偽・誤情報の内容は、自分たちの正当性と相手の非正当性の主張や、相手を分断させるものにほぼ限定されている。
一方、メディアや政府はきわめて広範かつ曖昧な定義で使っている。たとえば、最近の日本政府や当局の資料や発表を見ると、フィッシング詐欺、なりすまし広告までも含まれていたりする。偽・誤情報は情報空間のゴミ箱のような状態だ。細分化や絞り込みとは真逆の方向なので、実態の把握も対策の立案も困難になる。これにはメディアや関係組織に訊かれた時に、「偽・誤情報対策に取り組んでいます」と答えられる利点がある。浅学非才な筆者の頭にはそれ外はマイナス面しか思い浮かばなかった。
表に次のようになる。実害は実際に被害が発生していることを表す。隠蔽は偽・誤情報として扱うことで本来行うべき他の解決策をしないで済むようにしていることを指す。緊急時には行政が信頼できる情報伝達手段を確保しておくべきだが、偽・誤情報をなくす方向に話が進んでいる。実害に比べて、隠蔽や警戒主義の強化といったマイナス面の方が幅広い。特に警戒主義は騙されにくいが、正しい情報も信じられなくなり、民主主義への不満が増え、規制に対して容認しやすくなるマイナスの効果がある。偽・誤情報よりも、それ以外の情報の方がはるかに多いため、当然ながらマイナスの効果の影響の方が大きくなる。
最近の論文では、事前に情報を流して偽・誤情報に騙されにくくするプレバンキングの効果が薄れてきたという報告もあり、その原因として警戒主義が蔓延したためにプレバンキングしなくてもあらゆる情報を疑ってかかっているためである可能性が指摘されている
現在、防御側が偽・誤情報に含めている多くは、解像度をあげて、細分化し、それぞれに適切な対策を講じることで解決できる。例えば災害時の救援要請デマはFIMI、IBVEsの主たる狙いにはあまり効果がない。そのため行政が民間のSNSにただ乗りするのではなく信頼できる情報伝達手段を用意し、利用を促進することで解決できる。偽・誤情報で特別な対策が必要なのはあくまでFIMIやIBVEsが利用するケースに限られる。メディアや政府機関が言う偽・誤情報に関連する問題の多くは、本質的には偽・誤情報ではないことの方が多くなってきているため、有効な対策を立てることが難しくなっている。
よく使われる「民主主義への脅威」という言葉も広すぎる。そのままの素直に受け取ると、民主主義以外の主張を弾圧するように聞こえる。「民主主義への脅威」という言葉は、この問題が実態として、ほとんど影響をもたらしていないにもかかわらず、影響が甚大であることを表現するためにひねり出した苦肉の策なのだ。
この防御側の解像度の粗さは社会に致命的な悪影響を与える。なぜなら、すべての議論は解像度が荒すぎて役に立たず、対策の有効性も期待できないからだ。
「健全」と「健康」が殺す「事実」
最後に情報空間の健全性や、情報的健康という言葉について書いておきたい。総務省は「健全」という言葉をよく使う。一部の専門家は「情報的健康」という言葉を作り出した。「健全」も「健康」の定義は時とともに変化する。権威主体がその言葉で情報空間を規制することは、警戒主義を蔓延させ、これまで述べてきたリスクを増大させる懸念がある。
「情報的健康」という言葉を作り出したプロジェクトのレポート「デジタル空間とどう向き合うか」(鳥海不二夫、山本龍彦、日経BP)の「おわりに」には、こういう文章がある。
「フロイト(心理学)とチューリング(情報科学)の強力なタッグに、カント(啓蒙哲学)はもう太刀打ちできません」
アラン・チューリングはコンピュータの発展を語るうえで欠かせない人物のひとりであり、第二次世界大戦でドイツ軍の暗号解読に成功した功績もある。しかし、同性愛者であったため(当時の英国では同性愛は罪だった)治療を受けさせられ、1954年に自殺した。「健全」あるいは「健康」による規制はチューリングに犯罪者の汚名を着せて葬った。英政府が公式に謝罪したのは半世紀以上後の2009年、恩赦によって無罪となったのは2013年だった。
「健全」や「健康」が時代によって変わる概念であり、それらに基づく規制は時に深刻な人権侵害をもたらすことを、チューリングの悲劇は語っている。皮肉なことに、「情報的健康」のレポートは、「おわりに」で、「健康」の概念の犠牲となった悲劇の天才の名前を挙げていたことになる。
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