コラム

見直しが始まった誤・偽情報対策 ほとんどの対策は逆効果だった?

2024年05月08日(水)19時26分
民主主義サミット

2024年3月18日、韓国のソウルで開催された第3回民主主義サミット REUTERS/Evelyn Hockstein

<日本では首相が民主主義の偽情報は脅威と発言し、EUは厳しい法規制を次々と打ち出している。中露イランが行っている認知戦に対して、民主主義陣営が一丸となって取り組んでいるように見えるが、その対策全体に効果はあるのか......>

2024年4月19日に公開された論文「Beyond misinformation: developing a public health prevention framework for managing information ecosystems」はコロナ禍でのインフォデミックを反省材料にして、インフォデミック予防するためのアプローチを整理したものである。ここで提示されたアプローチはインフォデミックに限らず、広範な誤・偽情報対策としても有効と考えられる。また、既存のさまざまな対策、ファクトチェック、リテラシー向上などを予防段階ごとに整理することもできる。

最近増えてきた誤・偽情報、認知戦などの見直し

日本では首相が民主主義の偽情報は脅威と発言し、各省庁が偽情報対策に乗り出している。アメリカではTik Tokが風前の灯火になり、EUは厳しい法規制を次々と打ち出している。中露イランが行っている認知戦に対して、民主主義陣営が一丸となって取り組んでいるように見える。その一方で、こうした動きの見直しも始まっている。

攻撃も対策も効果が検証されていなかった

意外かもしれないが、中露イランが行っている偽情報や認知戦、デジタル影響工作と呼ばれるものの効果は検証されていない。民主主義陣営各国は口を揃えて民主主義に対する脅威と叫んでいるが、それは検証されていない。正確には効果があるという調査研究はあるものの、その一方で効果がないという調査研究も存在しており、検証されたとは言いがたい状態だ。「民主主義の危機」と言うほどの深刻な効果はないと考える研究者は少なくない。

 
 

偽情報対策の領域の調査研究で発表され、メディアでもよく言われていることの多くには方法論上の問題があり、異なる結論の調査研究が存在する。たとえば偽情報は真実よりも早く拡散することをツイッターの過去の全データから検証したSoroush Vosoughi、Deb Roy、Sinan Aralによる有名な論文、「The spread of true and false news online」は、その対象をファクトチェックされた偽情報に限定している。しかし、ファクトチェックされていない情報を調査した論文や複数のプラットフォームを横断的に調査した結果はそうはなっていない。なにを偽情報として、どの範囲で調査するかによって結論は変わってくるのだ。

2016年の大統領選においてはフェイスブックで900万のエンゲージメントの記事が最大だったが、15億人のフェイスブックユーザーのエンゲージメントとしては脅威を感じるほどの数ではない。それ以上のエンゲージメントを獲得したふつうのニュースはいくらでもある。

また、SNSを含め多くのメディアにおいてニュースの消費は多くないという論文「Evaluating the fake news problem at the scale of the information ecosystem」もある。SNS上のニュース研究はテレビより多いがニュースの消費ではテレビ経由が多く、ニュースに関する研究では偽情報テーマは飛び抜けて多いがニュース全体の中での偽情報の比率は極めて少ない。調査研究において誤・偽情報に過度に集中していることがわかる。後述のフォーリン・アフェアーズの記事で「パニック」という言葉が使われたのも当然だ。

以前書いたように思い込みや仮説に内包されている問題はビッグデータを解析しても消えるものではない。「パニック」で増えた予算をつぎ込んだ調査の結果がどのようになるかは予想できる。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

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