コラム

サイバー攻撃手法の変化──企業のシステムに侵入できるアクセス権が販売されている

2023年06月26日(月)16時42分
サイバー攻撃

マーケットでアクセス権を販売する業者はIAB(イニシャル・アクセス・ブローカー)と呼ばれる...... Artem Oleshko-shutterstock

<マルウェアを使わない侵入が主流になりつつある......>

ランサムウェアを始めとするサイバー攻撃は脅威であり続けているが、システムに侵入する方法に変化があらわれている。

コロナによってリモートワークが普及したこともあって、従来のメールを侵入口とする方法からリモートアクセスに使われるRDPやVPNから侵入する方法が増加したのだ。これは世界的に見られる現象で、CrowdStrikeのレポートによれば全体の71%がマルウェアを利用しない侵入に変わっている。日本でもRDP(19%)とVPN(62%)が侵入の多数を占めるようになっており、毎年発表される情報処理推進機構(IPA)の「情報セキュリティ10大脅威」でもテレワークを狙った攻撃があげられている。

ichida20230626a.jpg

以前はメールにマルウェアを添付して感染させて侵入する方法が多かったが、RDPやVPNは人間ではないのでメールを受信して開封することはない。したがって別の方法で侵入することになる。現在主流になりつつあるのはアクセス権を購入して侵入する方法だ。

サイバー犯罪者が利用するマーケットでは、さまざまな企業のシステムに侵入できるアクセス権が販売されており、購入することでターゲットに侵入することができる。具体的にはひそかに仕込んだバックドアや、アクセスに必要なクレデンシャル(IDや認証など)を提供する。

マーケットでアクセス権を販売する業者はIAB(イニシャル・アクセス・ブローカー)と呼ばれる。近年、利用が拡大したことでIABに注目が集まっている。

市場拡大と低価格化の進むIAB

IABの市場拡大の背景にはマルウェアに関わる機能が分業化して組織化された事情がある。産業化したと言ってもよいだろう。初期の組織化は2000年代初期のRBN(ロシアン・ビジネス・ネットワーク)が有名で、その後さまざまな組織が生まれては消えていった。

表と裏のいずれのネットビジネスも技術と規模の変化にともなって分化と統合を繰り返して拡大してきた。表のネットビジネスではプロバイダとコンテンツサービスが一体化したパソコン通信が初期に成長し、その後、通信インフラ、プロバイダ、ポータルサイト、コンテンツなどに分化した。そして再び統合に向かいつつある。

裏のネットビジネスでは2012年頃に始まった分業化が2019年以降加速し、産業化が進んだ。市場が拡大し、参入業者の規模も大きくなってきたことからプラットフォーム統合へのフェーズに移行した。現在、サイバー犯罪産業は2つの方向での統合が進んでいる。ひとつは機能的な統合化、もうひとつは小規模の組織をより規模の大きな組織が飲み込む形の統合だ。複数のグループでひとつのIAB業者を共有する動きなどもが出ている。

IAB自身も他のサイバー犯罪者からデータを購入する。たとえばInfostealerという業者(マルウェアの種類を指すこともある)は、文字通り企業などからデータを盗みだし、それを売りに出す。だったらInfostealerがIABを兼ねることもできそうだが、Infostealerはとにかく大量のデータを盗み出す。あまりにも莫大なので、その中身を確認するよりも、盗み出したデータをそのまま売りに出すことが多くなっている。Stealer logsと呼ばれるデータにかたまりとして売られており、IABはそれを購入してアクセス権という商品に作り上げる。いわばInfostealerはサイバー犯罪のための原材料を提供する業者と言える。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を

ワールド

米関税措置、WTO協定との整合性に懸念=外務省幹部
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story