コラム

内部告発で暴露されたフェイスブックの管理と責任能力の欠如

2022年01月14日(金)18時50分

国家以外の地政学上のアクターが跋扈する新しい時代

こうした一連のMETA社の問題は、すでに書いたようにその影響力に比較して管理統治能力が欠落していることに起因しており、それはそのパワーに見合ったビジョンを持っていないことに由来している。企業としての理念はあるかもしれないが(それもまともに機能していないようだが)、地政学上のパワーに釣り合うビジョンはない。そもそも地政学上のアクターになるつもりもなかったし、なりたいとも思っていなかった。そしてなってしまった今でも、できるだけそれを認めたくないと考えている。このような状態では責任ある対応は望むべくもない。

こうした一連の問題が露見した後でMETA社がやったことと言えば社名の変更と、メタバース事業の展開の宣言だ。あとは、国会での追求を逃れるための工作くらいだ。The Wall Street JournalがMETA社の政治工作を記事にしている。

企業としては問題ないかもしれないが、現在持っているパワーと負っている責任にはそぐわない。META社がフェイスブックのアルゴリズムを変えるだけでその国のメディアは滅び、差別が悪化し、暴動が起きる。それを止めるものがなにもないことは、昨年1月のアメリカ議事堂の暴動や、グローバル・サウス諸国での既存メディアのビジネスの破壊、ミャンマー、カンボジア、インド、フィリピンのような専制政治の支援(META社は各国にサポート要員を送っていた)と結果としての民主主義体制の毀損、ヘイトや犯罪(麻薬、人身売買など)の拡大でわかっている。起きてから批判することはできても、起きることは止められていない。

地政学的脅威には地政学的対処でなければ効果がない、と言われる。その通りだとすれば、対症療法であるファクトチェックやリテラシーなどではなく、地政学的対処が必要となる。META社に対して考えられるのは強力な規制や分割などだが、これについてもイアン・ブレマーはその効果は限定的と分析している。現在、META社などのビッグテックに対する効果的な地政学的対処方法は見つかっていないのだ。それがない限りは、混乱はますます広がり、政情は不安定化する一方になるだろう。そして、これまでの傾向を見る限り、保守あるいは右派のグループが優遇され、ヘイトや陰謀論が増殖することになる。

日本でもフェイクニュースについて取り上げられることが増えてきたが、ほとんどは現象としての個々のフェイクニュースを取り上げるものが多い。しかし、メディアのエコシステムやビッグテックの地政学的位置づけを考えなければ全体像を把握できない。ミャンマー、カンボジア、インド、フィリピンで起こったことは他人事ではない。日本でも特定の政治勢力とビッグテックが結びついてメディアのエコシステムを支配する事態が起きないとは言えない。こうした視点とそれに基づく対策がなければ、混乱は収まることがなく悪化するばかりだろう。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン大統領、対中関税を大幅引き上げ EVや半導

ワールド

再送-バイデン政権の対中関税引き上げ不十分、拡大す

ワールド

ジョージア議会、「スパイ法案」採択 大統領拒否権も

ビジネス

米ホーム・デポ、売上高が予想以上に減少 高額商品が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 10

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story