コラム

イーロン・マスクはジオン・ダイクンの夢を見るか?──ビッグテックが宇宙を目指すほんとうの理由

2021年11月11日(木)18時00分

現在、地球を汚染している生産設備などを地球外のコロニーに移し、多くの人間はそこで生活するようになる未来だ。地球は住宅地や軽工業地帯として整備され、居住したり訪れしたりするための美しい場所として残される(ケイト・クロフォード)。

ベゾスの描く未来は我々がアニメで見た未来に近いかもしれない。X Prizeの創設者であるピーター・ディアマンディスのPlanetary Resources社には、グーグルのラリー・ペイジとエリック・シュミットが出資し、小惑星を掘削して宇宙で初の商業鉱山を作ることを目指している。

果たしてビッグテックは本当にテクノ・ユートピアを信じ、新しい時代を作ろうとしているのだろうか? イアン・ブレマーは、ビッグテックが宇宙や金融の新しい領域にビッグテックが積極的に踏み込んでいく動機についてはくわしく紹介していないが、マイクロソフトリサーチの上級首席研究員であり、AIナウの創設者であるケイト・クロフォードがその意図を暴いている。

ビッグテックは新しい世界を拓こうとしているが、それは決して人類の可能性を追求するためではない。ビッグテックには規制に縛られない世界、国家の呪縛が弱い世界、自由に利益と成長と独占を謳歌できる世界が必要なのだ。ビッグテックが法制度の不備を利用して、成長してきたことはショシャナ・ズボフの『監視資本主義』(東洋経済新報社、2021年6月25日)でも指摘されている。加えて政府からの援助や優遇措置も受けていた。

宇宙進出に当たっても20世紀の公的な宇宙計画の情報やインフラの利用、政府の資金や税制上の優遇措置にも頼っていることがわかっている。正確に言うなら、それなしではビッグテックは成り立たない。

かつてインターネットがそうだったように、宇宙と金融あるいはメタバースでなら国家の介入を最小限にしつつ、優遇措置の甘い汁を吸える。ビッグテックの影響力をもってすれば、国際法で宇宙空間では国家の領有を認めさせない一方で、私企業の進出は許されるようにできる可能性もある。税制上の優遇措置も勝ち取れるだろう。そして住民がすべてスペースX社員である企業コロニーを作れる。企業は事実上の自治組織として存在し、コロニーは完全に監視、制御されたスマートシティとなり、全ての住民の行動と精神は監視下におかれ、必要に応じて行動や情動も誘導される。イーロン・マスクは君主あるいはビッグ・ブラザーとなる。

イーロン・マスクはジオン・ダイクンの夢を見るか?

冒頭でイーロン・マスクが、ジオン・ズム・ダイクンに重なって見えると書いた。しかし、大きく異なる点がある。ジオン・ズム・ダイクンは理念を抱き、その人生を捧げた人物だが、イーロン・マスクが捧げるのは世界一の富豪となった自身の資産と崇高なミッションに参加する意欲に燃えたボランティアたちの命だ(ケイト・クロフォードの『Atlas of AI』にもマスクの言葉として「first astronauts must "be prepared to die."が紹介されている)。

世界の多くの国の民主主義が理想とはかけ離れたものであるように、テクノ・ユートピアもビッグテックが語る夢物語とは異なる現実として姿を現す。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story