コラム

いまだ結論の出ない米中コロナ起源説対決──中国に利用された日本のテレビニュース報道

2021年07月01日(木)17時50分

「WEAPONIZED」によれば、レポート作成時の2021年2月13日、Zhao Lijian報道官の2020年3月12日および13日の米国を対象としたツイートは、約47,000件のリツイートおよび引用ツイートされ、少なくとも54の言語で参照され、82,000回以上のお気に入り登録がされていた。また、少なくとも30の異なる中国の外交・国営アカウントによって増幅された。さらに、中国国内のソーシャルメディアであるweiboでは3億回以上閲覧された。

中国ではツイッターが規制されているが、ツイッターへの投稿は、中国国営の報道機関に取り上げられることで、中国国民の目に触れることになる。DFRLabによると、組織的に拡散している可能性が見られたという。

4月下旬、Fox Newsは、アメリカ政府と関わりのある「複数の情報筋」が、生物兵器としてではなく、ウイルスが実験室で発生した可能性が高いとした。この記事は、WHOが中国の証拠隠しに加担しているとも主張し、BuzzSumoのデータによると、フェイスブックで110万以上、ツイッターで6万1千以上のシェアを獲得した。

武漢の研究所から流出したという未検証の説はその後も広まり、さらにトランプ米大統領(当時)によって増幅された。トランプ大統領がウイルスが中国の研究所から来たと確信していると主張した同じ日、マイク・ポンペオ米国務長官はラジオのインタビューで、アメリカ政府はウイルスがどこから来たのかは確認できていないと答えた。しかしその3日後、ポンペオは方針を変え、ABCニュースの番組「This Week」で、ウイルスが研究所から来たという「膨大な証拠」があると述べた。さらに、その後、撤回している。

コロナは新しいタイプの影響力ある「研究チーム」を世に送り出した

5月に入ると、ネット上で集まった研究所漏洩説を信じるアマチュアのチームDecentralized Autonomous Search Team Investing COVID-19(DRASTIC)の活動が活発になった。その活動の詳細については、「「研究所流出説」を甦らせた素人 ネット調査団、新型コロナの始祖 ウイルスを「発見」!」(ニューズウィーク、2021年6月4日)に詳しい。

2021年3月30日 WHOが中国と共同で行ったコロナの起源に関する調査結果を公開。研究所からの漏洩については可能性はほぼないとした。新しい情報はあまりなく、WHO自身が語っているようにこの調査は最初のステップでしかなく、今後の調査と検証が必要という内容だった。それにもかかわらず、研究所漏洩説の可能性がほとんどないとしたことに懸念を持つ研究者も少なくなかった。

2021年5月14日 サイエンス誌に17人(18人としている記事もある)の研究者が共同で「自然発生と研究施設からの漏洩の両方の可能性を考慮すべき」とする書簡を掲載した。これは研究所からの漏洩説を支持するわけではなく、まだ否定も肯定もできない状態である以上、可能性を排除すべきではないという意図だったが、研究所漏洩説とからめて紹介されることが少なくなかった。その後、2021年5月26日にアメリカ大統領ジョー・バイデンが調査を命じ、メディアも研究所漏洩説に関する記事がよく掲載するようになる。

ただし、トランプ政権時のような根拠のない陰謀論は少なくなった。当初、根拠のない陰謀論をトランプを含む政府関係者が発信していたため、研究所漏洩説が一緒くたにされて否定的に見られていた。それが最近再確認されたこともある。逆に言うと新しい決定的な証拠を提示したものが出て来ているわけではない。

日本国内でもコロナ起源に関するさまざまな記事が出たが、ジャーナリスト黒井文太郎の「大手メディアも伝えた「コロナ・武漢研究所流出説」の深層」(Friday Digital、2021年6月13日)はさまざまな資料を確認し、いまだ検証された仮説はないことを伝えている。これがもっとも実態に近い。

メディアや世論が研究所漏洩説に傾く一方、多くの研究者が感じているのは、2021年5月27日 The New York Times誌で紹介された意見、「現在はまだどの説にも充分な情報はない」、「武漢の研究所のセキュリティレベルだと漏洩の可能性もあり得るが、同時にそれを検証するための記録が残っていない可能性も高い」つまり、「研究所漏洩説、自然発生説に加えて、どちらとも言えない、という選択肢が増えた」ということに近いだろう。

ひとつ気になることがある。それはアマチュアコロナ調査チームDRASTICや、Alina Chanの活躍ぶりだ。どちらも専門家の間での評価は定まっていないものの、多くのメディアで取りあげられ、これまで陰謀論と一蹴されていた研究所漏洩説を検証のテーブルに引き戻した立役者のように語られることも多い。ネットでの情報発信も活発に行っており、従来とは異なる存在感を持つにいたった。

今後、あらゆる分野でこうした活動を行う個人やグループが増えるだろう。一部は研究者としてだけでなく、インフルエンサーとしてネットを媒介にその分野に影響力を与える存在になるだろう。コロナは新しいタイプの影響力ある「研究チーム」を世に送り出したのだ。果たしてこれがよいことなのかどうかまだわからない。

バイデンは調査の期限を90日としていた。おそらく決定的な証拠は見つからないだろう。しかし、状況証拠の積み上げによって武漢の研究所からの漏洩という結論になる可能性は否定できない。そうなればコロナのパンデミックが自然災害というよりは政治イベントになってしまったように、「科学的事実」も政治的プロパガンダにすぎなくなってしまう。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米との鉱物資源協定、週内署名は「絶対ない」=ウクラ

ワールド

ロシア、キーウ攻撃に北朝鮮製ミサイル使用の可能性=

ワールド

トランプ氏「米中が24日朝に会合」、関税巡り 中国

ビジネス

米3月耐久財受注9.2%増、予想上回る 民間航空機
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 5
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    「地球外生命体の最強証拠」? 惑星K2-18bで発見「生…
  • 8
    謎に包まれた7世紀の古戦場...正確な場所を突き止め…
  • 9
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 10
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story