コラム

日本がファイブアイズに自国のプラットフォーム・インテリジェンスを差し出す可能性

2021年05月26日(水)17時00分

こうしたことを総合すると、日本がファイブアイズに参加するのは非現実的のように思えるが、必ずしもそうではない。ファイブアイズといっても平等というわけではないのだ。軍事ジャーナリスト黒井文太郎によれば(FRIDAYデジタル、2020年08月21日)、ファイブアイズではアメリカがトップでその次がイギリスというように能力などの差によって序列があり、それによって共有できる情報も異なっているという。

また、9アイズ、10アイズ、14アイズといった言わばすでに拡大版も存在する。そして、日本以外でファイブアイズへの参加が話題に上るインドや韓国はすでに10アイズに参加している。

参加国が平等でないなら現状可能な範囲の情報共有でも日本が末席に参加できる余地はあるような気もする。特に、今後日本の努力で他のファイブアイズ参加国が求める情報を提供できるなら可能性はありそうだ。識者の多くは北朝鮮や中国に関する日本独自の情報を上げるが、実はそれ以外にも(あるいは、それ以上に)ファイブアイズが日本に求めている情報があると筆者は考えている。

ファイブアイズと日本とインドの共同声明

2020年10月11日、ファイブアイズに日本とインドを加えた7カ国が、IT企業に対して「通信の暗号化の際に政府が利用できるバックドア(裏口)を設けるように要請する」声明を発表した(ZD-Net)。平たく言うと、政府機関が必要に応じて暗号化した通信の内容を確認するための仕組みを用意しろ、と各国のIT企業に要請している。日本に関して言うならLINEを始めとするSNSはもちろんそれ以外の各種通信も傍受できるよう仕組みを作るように運営企業に要請したことになる。

この声明がファイブアイズと日本とインドの7カ国でなされたことには意味がある。これまでもアメリカなどは通信傍受や暗号の復号を行ってきた。今回、7カ国の政府が暗号通信を含む通信傍受を必要なこととして共同歩調をとったのは、プラットフォーム・インテリジェンス時代を見据えてのことと考えられる。

インターネットは社会の基盤となり、そのうえでさまざまなプラットフォームがそれぞれの産業分野に広がりつつある。そのプラットフォームが新しい戦略の要になりつつあることは、以前「日本が完全に出遅れた第三次プラットフォーム戦争」という記事でも紹介した。

莫大な情報がリアルタイムに処理され、蓄積されるプラットフォームは諜報活動でも重要な役割を果たす。カーナビや車体そのものあるいはウェラブル端末やIoTなどの情報がプラットフォームを経由して諜報活動に用いられ、監視カメラや顔認証システムなどとも連動するようになる。なんらかの活動をしていれば補足、特定、行動予測、関係者の洗い出しまでできる。これがプラットフォーム・インテリジェンスである。

あくまでも筆者の予想であるが、日本がファイブアイズに加わることは日本の持つプラットフォーム・インテリジェンスの基盤をファイブアイズに提供することを意味するように思える。インテリジェンス後進国の日本がファイブアイズに加わることには、北朝鮮や中国の情報だけでなくプラットフォーム・インテリジェンスの観点からも意味があるのだ。

日本は今でもいくつかの産業分野では世界の有力プレイヤーである。たとえば自動車なら今後拡大するMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)は大きなプラットフォームとなる。生産設備などの制御装置などで使われるPLC(プログラマブル・ロジック・コントローラ)は当該施設の稼働状況を知る手がかりになるだけでなく、そこから相手のネットワークに侵入する足場にもなり得る。また、これらを経由する通信の復号だけでなく、傍受チップを埋め込むことができれば新しい情報源となる。 同じことはファイブアイズ参加が取り沙汰されているインドにも言える(Asia Times、2020年10月28日)。

中国はサプライチェーンを通じて、各国に諜報網を広げている(とアメリカは主張している)が、アメリカはファイブアイズを拡張して同じことをしようとしている。同時に日本のようにアメリカと中国という2つの巨大サプライチェーンの双方とつきあうことを想定している国々をより強く取り込む手段にもなる。

アメリカ、中国、インドを中心とした第三次プラットフォーム戦争経済鎖国化とサイバー安全保障体制、プラットフォーム・インテリジェンス強化といった一連の動きは相互に関係している。

前述のNATO CCDCOEのレポートに書かれている通りなら、現在の日本の能力では自国でプラットフォーム・インテリジェンス基盤を確立することができない。しかし、アメリカに情報(というかプラットフォーム基盤へのアクセス権)を渡せばアメリカはプラットフォーム・インテリジェンスのパーツとして活用できるようになり、日本にもフィードバックが期待できる。ファイブアイズ加入は、プラットフォーム・インテリジェンス基盤の自国管理の放棄につながる可能性がある。


プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者、今週訪米へ 米特使と会

ビジネス

欧州株ETFへの資金流入、過去最高 不透明感強まる

ワールド

カナダ製造業PMI、3月は1年3カ月ぶり低水準 貿

ワールド

米、LNG輸出巡る規則撤廃 前政権の「認可後7年以
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story