コラム

アメリカの顔認証システムによる市民監視体制は、もはや一線を超えた

2020年09月03日(木)18時20分

犯罪「事前」捜査の三つの捜査ツールは、生体認証、SNS監視、予測捜査...... REUTERS/Thomas Peter

<中国やインドでは国家が主導して国民を監視する体制を整備したが、アメリカでは民間組織と法執行機関がタッグを組んで監視体制を整備している......>

これまで中国、インド、ロシアとデジタル権威主義国の状況を見てきた。今回と次回でアメリカと日本を取り上げたい。ご存じのようにアメリカは一般的には権威主義国には分類されないが、監視やネット世論操作においては世界有数である。そして日本はその影響を受けている。まず監視を取り上げたい。

世界47カ国の監視状況をまとめているサイトcomparitechのランキングでは、アメリカはワースト9位、日本は14位なので民主主義を標榜している国としては低い方だと言ってよいだろう。ちなみにワースト3は、これまで取り上げた中国、ロシア、インドである。

アメリカの監視システムというと、アメリカ国家安全保障局(NSA)のXKEYSCOREを連想する方もいると思う。XKEYSCOREは、アメリカの大量監視システムを暴いたエドワード・スノーデンの莫大なリーク情報のひとつだ。さまざまな方法を用いて世界中の通話、メールなどを傍受、収集し、検索可能にしている。XKEYSCOREは日本の防衛省情報本部電波部に提供されていることがわかっており、電波部の部長が歴代警察庁出身者であることから警察とも情報が共有されている可能性が指摘されている。日本国内に六箇所の拠点があり、日本政府はそのためにおよそ五百億円を支払った。XKEYSCOREについては次回説明する予定だが、気になる方は他のサイトのクイズの詳しい説明に、おおまかな経緯や、第193回国会衆議院外務委員会で防衛省情報本部電波部の歴代トップが警察庁出身者と暴露された経緯を紹介したのでご覧いただきたい。

だが、あらかじめ申し上げておくとXKEYSCOREは国内監視の主役ではない。その理由は後述するが、主役が誰かが如実にわかる図がある。下図はエドワード・スノーデンが暴露したPRISMと呼ばれる大量監視システムに関する図のひとつである。ご存じの方も多いと思うが、PRISMはNSAの大量監視プログラムで、グーグル、ヤフー、アップル、フェイスブック、マイクロソフトなど大手IT企業および通信事業者からデータの提供を受け、監視していたものである。マイクロソフトのサービスであるスカイプも対象となっていた。

ichida0903a.jpg

エドワード・スノーデンがXKEYSCOREを始めとする日本への傍受工作について暴露したため、日本でも彼の暴露に関する本や記事はたくさん出た。しかし、なぜかこの図のど真ん中にある組織への言及はほとんどない。その組織が全ての情報を集めていたことは図から明らかだ。その組織は世界最強の盗聴組織と呼ばれるDITU(Data Intercept Technology Unit、FBIの部局)である。さらに細かく言うと、DITU内のCollections Operation Group(COG)というグループだ。なぜかDITUと書く時、読み方を必ずつけることになっているらしいので、書いておくと「DIH-tooもしくはdee-too(原文ママ)」と発音するらしい。他の略語で読み方が書いてあることは稀だが、DITUに関してはほとんど全ての資料で読み仮名がふられていた。

FBIはPRISMに参加した各企業にport readerと呼ばれるソフトウェアをインストールし、そこから情報を収集していた。その集めた情報をNSAなどに提供していたのである。またFBIは少なくとも6億4千件のデータが登録された顔認証システムを運用していたことがわかっている(ACLU、2019年6月7日)。少なくともアメリカ国内の監視に関してはFBIは中心的役割を果たしていると考えてよいだろう。

民主主義を標榜する国家で基本となる監視システムには法制度の根拠が必要

最初にFBIのDITUが大量監視システムPRISMで、グーグル、マイクロソフト、フェイスブック、アップルなどから情報を集めることができた理由を説明したい。法制度の根拠があったためである。民主主義国家では警察にはさまざまな捜査や監督の権限が委ねられている。おかげでFBIも合法的に大量監視システムのための情報収集を行うことができた。さらに相手の企業に監視ツールをインストールし、運用する技術がない場合は、出向いて運用を手伝っていた。たとえば創業期のフェイスブック社やLinkedIn社に監視ツールの技術的協力を行っていたことがわかっている(Foreign Policy、2013年11月21日)。マイクロソフト社がOutlook.comをリニューアルした際に、暗号化によって内容をFBIが確認できなくなるのを回避する抜け道を作ったのもDITUだった。

FBIとアメリカのネット企業の関係は我々が想像するよりももっと緊密で日常的なものなのである。
CIPAV、オカーニボー、サイバーナイト、マジック・ランタン等といったいわゆるリーガル・マルウェア(法執行機関が使用するマルウェア。通信傍受、PCやスマホのデータを盗む、キーボード操作を記録するなどを行う)の開発と提供もDITUの仕事だった。

DITUはFBIのみならず、NSAやCIAといった他の政府機関にも協力しており、中でもNSAはDITUをよく利用していたため、DITUのあるクワンティコ(バージニア州)とNSAのあるフォートミード(メリーランド州)の間に専用の光ファイバーが敷かれているくらいだ。

民主主的国家においては、法制度の根拠がない監視あるいは民主主義的価値観に反する監視行為は許されない。そのため、監視システムを効果的に利用するためには法制度の根拠を持つ組織=法執行機関が主役となった方がよい。アメリカで中心となるのはFBIと各地の警察になる。

また、アメリカでは仮に犯人を逮捕しても、違法な捜査方法であったことがわかれば無罪となることからも合法的であることは重要と言える。FBIに「ザ・ハッカー」と呼ばれたサイバー犯罪者リグ・メイデンは、獄中でFBIの捜査方法(密かにスティングレイという装置を利用していた)が違法であったことを突き止めて無罪となり、釈放された(『犯罪「事前」捜査』角川新書、2017年8月10日、第二章でリグ・メイデンとスティングレイについて書かれている)。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story