コラム

インドの監視管理システム強化は侮れない 日本との関係は......

2020年08月03日(月)17時00分

インドの国民管理システム、Aadhaar

Aadhaar(アダハー)はインドの国民IDシステムである。日本のマイナンバーみたいなものと考えていただいてよいだろう。ただし、さまざまなデータがそこに紐付けられている。

2009年に始まったこのシステムは12億人以上の生体データを持つ世界最大の生体認証システムだ。しかもこの生体認証は、顔、両目の虹彩、両手全指の指紋を登録した高精度マルチモーダル認証となっている。これを提供しているのが日本のNECである(2019年9月)。

前掲のcomparitech社の評価項目の「IDと生体認証」でインドが中国についで世界ワースト2となっているのもうなずける。ちなみにこの指標は1から5までになっており、1が最低である。全ての国の中で中国とインドのみが2未満となっている。

FOREIGNE AFFAIRSの記事(2020年2月19日)によれば、Aadhaarは納税や福祉給付金の受け取りに必須になっており、銀行取引や携帯電話番号なども含めようとしたものの最高裁によって阻まれた。

運用において特定の州の有権者の投票権を取り上げたり、個人を特定して権利を剥奪することもデータベースを操作するだけで可能となっている。Aadhaarデータベースを民間企業が利用することが許可されていることも深刻な問題だ。インド政府はAadhaarを利用した監視強化を進めようとしており、国民の権利を脅かしているとしている。

さらに2020年3月17日のHUFFPOSTは、より緻密でリアルタイムで更新される監視システムの導入が検討されていることを暴露した。同記事によれば、移動、転職、不動産購入、家族の増減、結婚などの情報がリアルタイムで更新され、最終的に宗教、カースト、収入、財産、教育、婚姻、雇用、障害、家系図データなど全てを統合したシステムにしようとしていた。さらに各戸にジオタグをつけ、インド宇宙研究機関(ISRO)のシステムと統合することも考えている。

最終形のAadhaarが実現すれば全国民の個人情報はリアルタイムで政府および民間企業の手にわたることになる。そして担当者がクリックするだけで、ステータスを変更し、権利を取り上げ、市民として活動できなくすることも可能だ。そしてネット世論操作が当たり前に行われている国である以上、与党あるいは為政者がその立場を堅牢なものにするための悪用を行う可能性は低くない。さらにベネズエラのように政府を支持する言動をSNSで行ったものに報奨金を支払う制度まで備えれば、より強固なものとなる(ハーバービジネスオンライン、2019年10月21日)。

インドで進む監視強化

インドでは監視カメラや顔認証システムを用いた監視が進みつつある。インド北部のウッタルプラデーシュ州で暴動が発生した際、1,100人以上が逮捕されたが、その特定には25台のコンピュータによる顔認証システムの力があった(The Atlantic Council、2020年2月10日)。インドでの抗議活動では顔認証を避けるため顔を隠すようになっているという。

とはいえインドの監視カメラの設置台数は100人に対して0.9台(ニューデリー)とまだ低い水準である。中国上海の11.3台/100人に比べると、大きな開きがある。しかし、急速に拡充している。インドの認証システムの市場は2018年の段階で7億ドルだったが、2024年には40億ドルに達すると予測されている(ロイター、2020年2月17日)。

インド国内の企業も力をつけてきている。インドのスタートアップ企業 Innefu Lab社の開発したAI Visionは、顔認証に留まらず、歩き方や動作も認証できる。警官に意思を投げている人物のみをピックアップして特定できる。AI Visionはインドの10の州に導入されている。同じくスタートアップのStaqu社は、前述のウッタルプラデーシュ州を含む8つの州にPolice Artificial Intelligence Systemを提供している。

2019年後半、インド内務省のNational Crime Records Bureau (NCRB)は世界最大級の大規模な監視システムの導入を発表した(Deutsche Welle、2019年7月11日)。インドでは国民10万人あたりの警官の数が144人と世界最低水準であり、犯罪捜査に支障をきたしている。このシステムによって警官不足に対応する。データは全土で共有する予定となっていた。このデータベースは監視カメラの映像に留まらず、SNSの投稿や新聞記事など一般公開されている画像、パスポート、犯罪記録などとも連携する。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、キーウ攻撃に北朝鮮製ミサイル使用の可能性=

ワールド

トランプ氏「米中が24日朝に会合」、関税巡り 中国

ビジネス

米3月耐久財受注9.2%増、予想上回る 民間航空機

ワールド

トランプ氏、ロのキーウ攻撃を非難 「ウラジミール、
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 5
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    「地球外生命体の最強証拠」? 惑星K2-18bで発見「生…
  • 8
    謎に包まれた7世紀の古戦場...正確な場所を突き止め…
  • 9
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story