コラム

イラン人には「信仰がない」が、ダンスという文化はある

2018年08月28日(火)17時30分

インスタグラムには連帯を示す#DancingIsNotACrimeが溢れた

<18歳のイラン人女性がダンスをして逮捕され、「ダンスは犯罪ではない」と連帯を示す人々が現れた。そんななか思い出したのは、その昔、日本人のイラン近代史専門家から聞いたコトバだった>

通貨リヤールの暴落やら、経済の不振やらで、それにトランプ米大統領の対イラン制裁再開もあって、イランではあちこちで暴動が起きているようだ。イスラーム共和国成立以来、40年近くたち、国内あちこちで制度疲労的な不満が溜まっているのだろうか。

こうした最近のイラン情勢をみながら、その昔、日本人のイラン近代史専門家から聞いたコトバを思い出した。といってもその人も別の日本人研究者から聞いたので、又聞きになる。いわく「トルコ人には文化がない、アラブ人には秩序がない、そしてイラン人には信仰がない」と。

この語が発せられたのが、1979年のイラン・イスラーム革命でイラン人のあいだに宗教心が高揚した時期だったのがミソである。多くの専門家とかジャーナリストたちがイラン人の信仰を云々しているとき、こんなコトバを口にするというのはなかなか勇気がいるのではなかろうか。

学生時代にペルシア語を習っていたとき、同時並行でトルコ語も勉強していたため、ときおり2つの言語がごっちゃになってしまうことがあった。この両言語とアラビア語は、それぞれまったく異なる語族に属しており、文法的にはまったく似ていないのだが、相互の接触が長かったので、共通の単語が少なくない。

たとえば、学校を意味するアラビア語の「マドラサ」は、ペルシア語に入ると「マドラセ」となり、トルコ語では「メドレセ」となる。ペルシア語の授業でたとえば「マドラセ」というべきところをトルコ語式に「メドレセ」とまちがえて発音すると、ペルシア語の先生からはよく、「きたない」とか「野蛮人」とか叱られたものだ。

トルコ人やトルコ研究者からみれば、失礼な話だが、当時、イランの古典文化を研究している人たちからみれば、イランの優位は当然視されていたし、日本のトルコ研究者の多くも似たような認識であったと思う。もちろん最近ではオスマン帝国時代の文化研究も進んできており、こうしたイラン研究者の優越感やトルコ研究者の文化的劣等感にもある程度変化がみられようになってはいるが。

「アラブ人には秩序がない」を否定するのはむずかしい

一方、「アラブ人には秩序がない」については、現在のアラブ世界の混乱ぶりをみると、否定するのはむずかしい。

個人的経験を普遍化するつもりはないが、昔、サウジアラビアでタクシーに乗ったとき、ものすごいスピードで後続の車に追い抜かれたことがあった。運転手のインド人が、さも当然のように「エジプト人め!」と吐き捨てたので、どうしてエジプト人だとわかるんだと尋ねたら、運転手は「あんな運転するのはエジプト人だからだ」とこれまた明快に答えてくれた。わたし自身エジプトに住んでいたことがあり、エジプトの交通事情の渾沌ぶりはいやというほど味わっていたので、こんな偏見でも変に納得してしまったものだ。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を

ワールド

米関税措置、WTO協定との整合性に懸念=外務省幹部
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story