コラム

イラン人には「信仰がない」が、ダンスという文化はある

2018年08月28日(火)17時30分

片側二車線の道路で、ほとんどの人が車線を無視して走るから、片側三車線になったり、四車線になったり。おかげであちこち渋滞が発生するし、交通事故も頻発する。わたしがエジプトに住んでいたのは20年近く前だったのだが、ちょうどそのころ、シートベルトが義務化され、着用しないと罰金が科されるようになっていた。しかし、当時はタクシーがほとんど数十年前の骨董品ばかりで、シートベルトが千切れていたり、そもそもついていなかったり。じゃあ、どうするのかというと、お腹のうえに、そのシートベルトの残骸を置いておくのである。危険防止の観点からすれば、まったく意味をなさないのだが、エジプトではそれで合法になったらしい。

今は状況が改善されたんだろうか。エジプトを主フィールドとする研究者が、こういうのを無秩序のなかの秩序というのだと主張していたが、慧眼であろう。

エジプト人の名誉のためにいっておくが、エジプトの交通事情だけがひどいわけではない。筆者が中東に住んでいた20年以上昔でいえば、イエメンもレバノンもひどかった。また、まえにサウジアラビアの暴走族の話でも紹介したとおり、サウジ人の運転の無茶っぷりも負けてはいない。

信仰は信仰、文化は文化、娯楽は娯楽

さて、イランである。なぜ、イラン人に信仰がないというコトバを思い出したかといえば、7月にヒジャーブ(ペルシア語だとヘジャーブ)をかぶらずにダンスを踊った動画をSNSに投稿したとして18歳のイラン人女性マーエデ・ホジャブリーがイラン当局によって逮捕されるという事件が起きたからだ。

彼女のインスタグラム(@maedehhojabri ※現在は非公開設定になっている)の投稿をみてみると、ダンスやファッション自体が非常にセクシーで、イスラーム共和国の基準からいえば、たとえヒジャーブをかぶっていたとしてもたぶんアウトであったろう。

イランでは公共の場でのダンス自体が規制の対象だといわれている。そういえば、米国のファレル・ウィリアムズの「Happy」が数年前、大ヒットしたとき、イランでも多くの女性たちがSNS上でHappyを踊るビデオを投稿し、今回と同様逮捕者が出ていた。

ただ、少なくとも革命前のイランでは民族や男女別、またさまざまな機会ごとにたくさんの種類のダンスが踊られており、ダンスが生活や文化の一部であったことは忘れてならない。実際、ホジャブリーが逮捕されたのち、彼女への連帯を示すため、女性を含む多くのイラン人たちが「ダンスは犯罪ではない」とのスローガンをかかげ街頭で踊ったり、SNS上で#DancingIsNotACrimeのハッシュタグをつけた動画を多数投稿したりした。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story