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アングル:通貨危機のアルゼンチン、大統領の「詐欺疑惑」で仮想通貨も信頼がた落ち

2025年03月07日(金)17時44分

アルゼンチンの暗号資産(仮想通貨)市場が、ある仮想通貨の暴落をきっかけに混乱に陥っている。この仮想通貨に同国のミレイ大統領が関与している疑惑が浮上し、外国の投資家が対アルゼンチン投資をためらう懸念さえ発生している。写真はミレイ大統領のテレビ出演をレストランで見る人々。2月17日、ブエノスアイレスで撮影(2025年 ロイター/Pedro Lazaro Fernandez)

David Faliba

[ブエノスアイレス 28日 トムソン・ロイター財団] - アルゼンチンの暗号資産(仮想通貨)市場が、ある仮想通貨の暴落をきっかけに混乱に陥っている。この仮想通貨に同国の大統領が関与している疑惑が浮上し、外国の投資家が対アルゼンチン投資をためらう懸念さえ発生している。

アルゼンチンは以前から、ラテンアメリカ地域では最もブロックチェーン活用が進んでいる国の1つとされていたが、今回の仮想通貨危機で評価が失墜したことで、大きな転機を迎えてしまった。

アルゼンチンは人口比で見た仮想通貨の普及率が世界トップクラスだ。近年、国民の多くが経済の動揺とアルゼンチンペソ下落に対するヘッジ手段として、ビットコインやステーブルコインを購入してきた。

この明るいシナリオが崩れ始めたのは、ハビエル・ミレイ大統領による「X」での投稿が原因。400万人近いフォロワーに向け、あるミームコインへの投資を推奨したのだ。

ミームコインとは投機性の非常に強い仮想通貨で、その価格はもっぱらソーシャルメディア上の「バズり」や、著名人によるお墨付きで高騰するため、インサイダー取引の温床になりかねない。

リバタリアン(自由至上主義者)のミレイ大統領は問題の投稿で、ほぼ無名の「$LIBRA」という仮想通貨が、数十年に及ぶアルゼンチンのハイパーインフレの悪循環を反転させ、海外からの投資を増やして経済を再生させるのに役立つだろうと述べた。

だが、この誇大広告はあっというまに破綻した。

$LIBRAの価格は、ミレイ大統領の投稿後に殺到した初期投資家により急騰したが、数時間で暴落した。

ソーシャルメディア上では詐欺だとの批判が溢れ、大統領は問題の投稿を削除し、$LIBRAとの関係を否定した。

3日後には、ミレイ氏の関与を調査するため、連邦判事が任命された。

インフレにより価値が下落した自国通貨からの逃避手段と見なされてきた多くの仮想通貨にも、$LIBRA暴落による衝撃は波及した。

専門家らは仮想通貨について、政府によって管理されていない資産へのアクセスを提供し、利回りを生み出し、国際決済の手段として機能することができると指摘した。

非営利組織(NPO)ビットコイン・アルヘンチーナの共同創設者であるロドルフォ・アンドラグネス氏は「残念ながら、いま世間では、ビットコインをはじめとする暗号資産がどれも同じものであるように語られている。全てが十把ひとからげの扱いだ」と嘆く。

同氏はビットコインを「我が国の従来の金融システムの限界の多くを解決することになった、驚くべき資産だ」と語る。

「だが今回の事態で、これまで築き上げてきたものが台無しだ。私たちからすれば、振り出しに戻ってしまった」

<仮想通貨を受け入れる土壌>

$LIBRA危機以前、アルゼンチンでは仮想通貨を巡る市場が活況を呈していた。

アルゼンチンでは国民の多くが3桁のインフレ、常態化した通貨危機、貧弱な銀行システムに悩まされており、不安定な経済のもとで仮想通貨が人気を呼ぶ絶好の舞台が整っていた。

世界有数の仮想通貨取引所である米コインベースによれば、アルゼンチンはデジタル資産を受け入れる好条件が整っている。総人口4500万人のうち、約500万人が日常的にデジタル資産を利用している。

専門家らによれば、利用者は仮想通貨を、入手が制約されることが多い米ドルにアクセスするための回避策とみなしているという。アルゼンチンでは、慢性的な金融不安のもとで米ドルが人気のある資金の安全な逃避先となっている。

首都ブエノスアイレスで米ドルの交換レートが最も良いのは、「クエバス」と呼ばれる薄暗く窓のない店。現金のみが通用する地下市場のネットワークだ。

それに比べ仮想通貨、特にドル連動が売り物のステーブルコインは、札束を抱えて市内をうろつく必要もなく、さらに手軽で安全なペソ回避手段になっている。

コインベースで米州担当ディレクターを務めるファビオ・プレイン氏は、ある声明の中で「多くのアルゼンチン国民にとって、仮想通貨は単なる投資対象ではない。将来の自分の金融資産を再びコントロールするための必須手段だ」と述べた。

その一方で、脱税のために暗号資産を利用するアルゼンチン国民も多い。取引が地元当局者の監視の目に触れないためだ。ミレイ政権は昨年、幅広い免税制度を導入したが、仮想通貨による貯蓄も対象に含まれていた。

金融界の専門家は現在、今回の$LIBRAスキャンダルによる最大の悪影響はレピュテーションリスク(悪評が広まるリスク)であり、仮想通貨への潜在的投資家の意欲を削ぎ、新規参入組を尻込みさせてしまうのではないかと懸念している。

一部の投資家はソーシャルメディア上で怒りを爆発させ、ミレイ大統領による詐欺に引っかかったと主張している。同氏に批判的な立場からは、弾劾手続きの開始を求めている。

一方で政権の支持者は、ミレイ氏は政治的動機による攻撃の被害者だとして擁護している。

ブロックチェーンを基盤とした保険会社エンシュロのギリエルモ・ナルバハ最高技術責任者(CTO)は「本当に残念だ」と述べた。「ブロックチェーンに基づく保険への加入は、しっかりした安全なものだと人々にアピールしたいのに、今は『いや違う、うちは詐欺ではない』と弁明に追われている」

「この風評被害を克服するために、これまでの2倍は努力しなければならない」とナルバハCTOは言う。

アルゼンチンのセキュリティー研究者で、「アーリーアダプター」(初期ユーザー)を対象とした仮想通貨講座「デファイ・エデュケーション」を運営するパブロ・サバテラ氏は、$LIBRAスキャンダルの発生後、仮想通貨投資のリスクについての問い合わせが多いと語る。

サバテラ氏は、ミームコインは投機性が強く、「いかなる価値も生み出さない」と言う。

「カジノであれば実際に勝てるチャンスが少しはあるかもしれないが、ミームコインはすべてが仕組まれており、そのようなチャンスはない」とサバテラ氏。「最初から八百長だ」

<学習の機会>

大混乱にもかかわらず、仮想通貨関係者の多くは、それでもアルゼンチン国民はデジタル資産に潜在的なメリットを見出してくれるだろうと希望を抱いている。国際的な決済手段としては使いやすく、銀行口座を持っていなくても米ドルに連動した仮想通貨を利用でき、インフレに対するヘッジ手段にもなる。

アルゼンチン最大の仮想通貨取引所レモンの取引高は安定している。この取引所は複数の南米諸国にまたがるビットコイン保有者60万人以上が利用している。

一方で、仮想通貨に関するオンラインの教育コンテンツの需要が急増している。どうやら潜在的な投資家は、メディア報道のレベルよりも踏み込んで仮想通貨投資を理解したいと思っているようだ。

レモンのマキシミリアノ・ライモンディ最高財務責任者(CFO)は「最近は誰もが仮想通貨の話をしている」と語った。

「このテーマに関して人々の啓発を続けるという点では、本当に良い機会だ」

(翻訳:エァクレーレン)

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