コラム

松山英樹は、大坂なおみのように人種問題に言及すべきだったのか?

2021年04月19日(月)15時45分
松山英樹

寡黙な松山の振る舞いはアジア人の地位向上につながるか MIKE SEGAR-REUTERS

<人種問題について発言することを自らの義務とする大坂のアプローチが変革を促す一方で、松山の振る舞いもまた違った可能性を秘めている>

2人の偉大な日本人アスリート、松山英樹と大坂なおみがアメリカで頂点を極めたのと時を同じくして、アメリカ社会は人種問題をめぐって大きな混乱に陥っている。

アメリカでは近年、警察官による黒人男性の殺害が相次いだことを発端に、人種間の緊張が高まっていた。それに加えて、最近はアジア系市民へのヘイトクライムが増えている。それを受けて、各界の有名人や大企業がマイノリティーの権利擁護と平等を支持する姿勢を明確にし始めた。

松山と大坂にとっては難しい状況だ。アジア系へのヘイトクライムに関して発言すべきか。それとも、公の場で競技以外のことを話さないようにしたほうが賢明なのか。

アメリカの歴史では、政治的な意思表示をしたアスリートがしばしば大きな不利益を被ってきた。プロボクサーのモハメド・アリは1960年代にベトナム戦争への徴兵を拒否したことで、世界チャンピオンのタイトルを剝奪され、裁判で有罪判決を下された(判決は最高裁で覆された)。

1968年のメキシコ五輪では、陸上男子200メートルでメダルを獲得した2人の黒人選手が差別に抗議するために、表彰台でこぶしを突き上げた。この行動により、2人の選手はその後の競技人生が事実上閉ざされた。

2016年、アスリートの政治的発言をめぐる論争が再び持ち上がった。黒人のNFL選手、コリン・キャパニックが黒人に対する警察の暴力に抗議し、試合前の国歌斉唱の際に起立することを拒み、片膝をついたのだ。この行動は激しい論争を招き、キャパニックは所属チームを失った。それに対し、さまざまな競技のアスリートが国歌斉唱時に片膝をついて、彼への連帯を表明した。

そして2020年、黒人男性ジョージ・フロイドが警察官の暴行により死亡した事件をきっかけに、BLM(=黒人の命は大事)運動が盛り上がった。さらに、トランプ前大統領の悪意ある反アジア人発言に触発されて、アジア系への暴力も深刻化している。

こうした社会情勢の下で、今年の男子ゴルフ、マスターズ・トーナメントが開催され、松山がアジア人初の優勝を果たした。しかし、松山は控えめな態度を貫き、アジア系への暴力について言及することは避けている。これは、プレーに徹するという旧来の無難なアプローチと言えるだろう。

一方、大坂は人種問題について発言することを自分の義務と位置付けていて、「沈黙は決して答えではない」と述べている。2020年8月には、警察の黒人に対する暴力に抗議して試合を棄権する意向を一時表明したこともあった。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米メーシーズ、第4四半期利益が予想超え 関税影響で

ワールド

ブラジル副大統領、米商務長官と「前向きな会談」 関

ワールド

トランプ氏「日本に米国防衛する必要ない」、日米安保

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story