カニエとトランプは2人とも「アップルパイと同じくらいアメリカらしい」
かつてはトランプ支持を明言していたカニエ ANDREW HARRER-BLOOMBERG/GETTY IMAGES
<ヒップホップ界のスター、カニエ・ウェストの大統領選への立候補は驚くようなことではない。ウェストの行動が映し出す今日のアメリカ社会の実像とは>
今も昔も民主主義国で選挙に臨む政治家は、高邁な理念に見せ掛けて、常に有権者の自己愛と利己心、そして恐怖心に訴え掛けようとしてきた。普通の国民が社会の価値観を形づくる時代の政治は、バーで酔っぱらいがわめき散らすざれごとに似てくる。
その点では、このドナルド・トランプの時代に、ヒップホップ界のスター、カニエ・ウェストが大統領選への立候補を宣言したのはそれほど驚くようなことではないのかもしれない。
これをシュールな茶番劇として片付けるのは簡単だ。しかし、ウェストの出馬表明はアメリカの政治と社会の本質を浮き彫りにしている。
好意的に解釈すれば、これまで彼が作品で取り上げてきた不正義を是正したいという使命感に駆られて行動したと見なせなくもない。ウェストの曲は、社会でまかり通る不正義と、抑圧と疎外の中で痛みと不信を抱きつつも人生の意義と喜びを見いだそうとする個人の苦闘を描き出している。その半面、ウェストは、自らが提起してきた問題にどのように対処すればいいかという一貫した考えを持ち合わせていない。
米社会のエリート嫌悪を象徴
7月4日の出馬表明は、その4日前に新曲「ウォッシュ・アス・イン・ザ・ブラッド」をリリースしたタイミングで注目を集めることが目的だったようにも思える(この曲は、人種的不正義と黒人の怒りを表現しつつ、黒人の勇気と決意をたたえるパワフルな作品だと思う)。
出馬表明は、大統領選でトランプの再選を助けるための行動だという見方もある。黒人であるウェストが反トランプ票、とりわけ黒人票を吸い上げることにより、民主党のジョー・バイデン候補の得票を減らすことをもくろんでいる、というわけだ。
もっとも、アメリカの黒人のうちでウェストを好意的にみている人は約9%にとどまる。この反応は意外でない。彼はトランプ支持を明言していて、2年前にはアメリカの奴隷制度を肯定するかのような発言をしたことがあるからだ。いま有権者の関心は、新型コロナウイルス、失業、黒人に対する警察の暴力に向いている。
そもそもウェストは、大統領選に立候補するために必要な手続きや政治的準備を進めていない。それでも、本当に出馬するかはともかく、少なくとも望みどおり(一瞬にせよ)スポットライトを浴びることはできるだろう。
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