コラム

「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

2024年04月23日(火)19時57分

SNS上でのフェミニスト・フェミニズム叩きはますます深刻化しており、幾つかの事例は訴訟にまで発展している。昨年12月にはネット上で「青識亜論」を名乗っていた徳島県職員が、あるフェミニストを誹謗中傷して名誉毀損で訴えられ、慰謝料33万円を支払うことで和解した。

しかし青識氏の慰謝料33万円と、雁琳氏の220万円では大きな差がある。なぜ雁琳氏が支払う賠償額が跳ね上がったのか。雁琳氏の誹謗中傷は一回きりのものではなく、数年にわたって繰り返し継続的に行われていたこともあるだろう。しかし、賠償額が大きくなった理由はそれだけではないといわれている。

誹謗中傷の「ビジネス化」問題

ポイントは、雁琳氏がこの訴訟を戦うにあたって、訴訟費用をはるかに上回る450万円ものカンパを集めたことだ。もちろん、財政的な問題を抱えた被告が、裁判をするにあたってカンパを求めることには問題がない。たとえば、公の事業への反対運動を続ける市民団体が、国や自治体から運動を疲弊させるためだけに訴えられる訴訟、いわゆるSLAPP訴訟では、運動の継続のために広くカンパが呼びかけられる。しかし最近では、面白半分で他者を誹謗中傷し、訴えられるとカンパを集め、あるいは訴状などの関連文書をnoteなどの収益化されたブログサービスに公開したり、法廷での様子を含む裁判の経過を面白おかしくネットニュースにしてYouTubeなどの動画サービスで配信したりするなどして金を集めるビジネスモデルが問題になっている。

このコラムでも何回か取り上げたことがある女性支援団体Colaboは、ここ数年にわたって様々な誹謗中傷に晒されてきた(「女性支援団体Colaboの会計に不正はなし」及び「女性支援団体に対する執拗な嫌がらせの実態が明らかに」 参照)。そのきっかけをつくったともいえる、「Colaboは10代の女の子をタコ部屋に住まわせて生活保護を受給させ、毎月一人6万5千円ずつ徴収している」というデマを流した「暇空茜」を名乗る男性は、今年2月に書類送検されている。

こうした被害に対してColabo側は、名誉棄損だとして訴訟を起こしている。しかしその訴訟でさえ、被告側はやはり訴訟費用を上回るカンパを集め、またYouTubeやブログのコンテンツ化をして収益をあげている。暇空茜氏は、SNS上で「ぶっちゃけColaboからどんな名目で訴訟が来ても、訴額以上にNoteとYoutubeで稼ぐ自信があるので、金を払うので訴えてください」と公言している。

名誉棄損の有無にかかわらず、他者を誹謗中傷して注目を集め、相手から訴えられたらそれをコンテンツ化してさらに収益をあげるというこうしたビジネスモデルは、日本の司法制度に対する「ハック」であり、法秩序そのものを危険に晒しかねない。しかし、これを止める手段が今のところほとんど存在しないことが問題視されてきた。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国副首相が米財務長官と会談、対中関税に懸念 対話

ビジネス

アングル:債券市場に安心感、QT減速観測と財務長官

ビジネス

米中古住宅販売、1月は4.9%減の408万戸 4カ

ワールド

米・ウクライナ、鉱物協定巡り協議継続か 米高官は署
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story