コラム

岸田政権は潔く国葬を撤回せよ

2022年09月15日(木)16時17分

国葬を実施すべき根拠として「弔問外交」の意義を主張する者がいる。国葬は比較的少ない費用で各国の首脳を呼び寄せることができるため、低コストで大きな外交的チャンスを獲得できるというのだ。もちろんこのプランは皮算用であり、蓋を開けてみればマクロン仏大統領やバイデン米大統領をはじめとする主要国のトップはほぼ出席しないことが分かっている。さらにトランプ前大統領やメルケル前独首相など、著名な元職の出席も見送られた。

さらに国葬にかかる費用も、比較的廉価というわけにもいかず、警備予算も含め発表される金額はどんどん膨れ上がっており、最終的には驚くほどの金額となっているかもしれない。税金を投入しているにも拘らず、この杜撰な金勘定のあり方にも批判は集まっている。

最終的に国葬推進派の主張は「葬儀に対して批判したり大騒ぎしたりする者は無礼である」という感情論に落ち着いてきた。政府は国葬参加者を集めるために招待状を乱発しており、国会議員の元職や文化人にも届いているという。招待された人の中には、国葬に反対する立場からその欠席を公言する者がいるが、これが無礼なのだという。

国葬は政治的パフォーマンスである

「国葬反対を公言するのは無礼」という主張については、国葬は個人のプライベートな葬式ではなく公的な政治イベントである、ということをもって「論破」することができる。安倍家による葬儀は既に執り行われている。それはプライベートな葬儀であり、実施するしないに他人がどうこう言う筋合いはないものだ(ただし、プライベートな葬儀に自衛隊の儀仗隊が派遣されていたことは問題だ)。

国葬は違う。国葬は国費によって執り行われる、亡くなった人の人格を利用して何らかの政治的な目的を達成するための政治イベントであり、国家による政治的パフォーマンスなのだ。国家は政治的な祭典を行い、そのことによって政治的神話をつくる。たとえば戦前の日本政府は、靖国神社を通して戦死者を顕彰することで、国のために死ぬことを当然視するイデオロギーを国民に注入した。

安倍元首相を例外的に国葬にするということは、安倍晋三という個人を国家が、他の首相経験者とも異なる特別な存在としての栄誉を与えるということだ。そのような高度に政治的な事柄について、騒がず静かに推移を見守るのは極めてナイーブな態度であり、責任ある「大人」ならむしろ堂々と賛否を主張するべきなのだ。従って、誰それが国葬に出席するか欠席するかは十分に政治的な行為となり、それを公言することはむしろ積極的に推奨されてよいのだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震、がれきから女性救出 死者2000人

ビジネス

米国株式市場・寄り付き=ダウ約300ドル安・ナスダ

ビジネス

米ブラックロックCEO、保護主義台頭に警鐘 「二極

ビジネス

FRBとECB利下げは今年3回、GDP下振れ ゴー
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story