コラム

安倍元首相の国葬に反対する

2022年07月19日(火)13時50分

公文書の改竄だけでなく、安倍政権時代には、日本の立憲民主主義に対する様々な挑戦が行われていた。2014年の集団的自衛権容認の閣議決定は、憲法違反の疑いが強いにも拘らず行われた。その準備として、高い独立性を持ち、最高裁に代わって事実上の「憲法の番人」となっていた内閣法制局を屈服させている。また2017年には憲法53条に基づき野党が求めた臨時国会の招集を3ヶ月も先延ばしにした。

当然ながら、各政権それぞれ多かれ少なかれ不祥事や問題点はある。だが論点は、他の首相経験者と比較しても、安倍元首相が国葬に値するかだ。疑惑の多くは公文書を公開しないせいで未だ全容が明らかではない。つい数日前も、これまでないとされてきたアベノマスクに関する厚生労働省と業者間のやりとりメールが発見された。立憲主義を毀損するような様々な前例は、日本の将来に禍根を残す。それらを考慮に入れたとき、果たして安倍元首相は国葬に値するのだろうか。

安倍元首相の神格化に繋がる恐れ

たとえばアメリカ合衆国では、大統領経験者は原則的に国葬をすることになっている。このように明確な基準に基づいて国葬を執り行うのであればまだ理解できる。しかし事績に基づけば国葬に値するかどうかは疑わしい人物を、選挙演説中に殺害されたインパクトをもって強引に国葬を執り行ってしまうのは危険であり、故人の神格化に繋がるだろう。

根源的にいえば、国葬とは、故人の人格性を利用して国民を統合せんとする政治的な技術の一つだ。安倍元首相に近しかった国際政治学者の三浦瑠麗は、国葬に期待することとして、「左右両極の極論を排して、サイレント・マジョリティーの統合と落ち着きに資すること」を挙げた。

しかし、人々が分断されている状態はそんなに悪いことなのか。確かに安倍元首相の殺害後、安倍政権的なものを評価するか否かが日本に大きな分断をもたらしていることが明らかになった。しかしそれは安倍政治の結果でもあるのだ。そもそも安倍元首相が、政治的な対立相手を「こんな人たち」と呼び、敵対性をはっきりと打ち出していた。

そうであるならば、まずは「左右両極の」敵対性がここに存在していることを受け入れることから始めなければいけないのではないか。国葬というホウタイでその敵対性を隠ぺいしたところに生じる「サイレント・マジョリティーの統合」なるものは、ファシズムの言い換えでしかないだろう。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者、今週訪米へ 米特使と会

ビジネス

欧州株ETFへの資金流入、過去最高 不透明感強まる

ワールド

カナダ製造業PMI、3月は1年3カ月ぶり低水準 貿

ワールド

米、LNG輸出巡る規則撤廃 前政権の「認可後7年以
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story