コラム

「あの」河瀬直美監督とは思えない繊細さでマイノリティ選手にスポットライトを当てていた東京五輪『SIDE:A』、よけい注目の『SIDE:B』

2022年06月23日(木)16時28分

河瀬直美という監督の「本性」はこれから公開の『SIDE:B』で明らかになる? 映画映画『東京2020オリンピック SIDE:A/SIDE:B』公式サイトより

<不本意ながら、よい作品だった。もしこのような作品を撮るつもりだったのであれば、オリンピックに反対する人たちに対してもっと誠実な対応ができたのではないだろうか。残念でならない>

河瀬直美が監督するオリンピック記録映画『東京2020オリンピック SIDE:A』が6月から全国公開されており、鑑賞してきた。この映画については、製作過程を扱ったドキュメンタリーが2021年12月にテレビ放映され、その中でオリンピック反対派のデモが金銭で集められたかのような印象操作を行ったことが問題になっていた。また河瀬直美監督個人についても相次いでパワハラ疑惑が報道されている。

以上のような映画外のいざこざから、映画の内容そのものにも期待できないだろうという先入観を持って行ったのだが、予想に反して、オリンピックを賛美するような表現や、オリンピックの開催を支持する直接的な表現はなかった。むしろオリンピックというイベントは選手たちにとって一つの契機に過ぎず、選手たちそれぞれの人生のほうが重要なのだ、という作品のようにみえた。

東京2020オリンピックそれ自体の問題と記録映画の関係

東京2020オリンピック・パラリンピックは、誘致段階では「世界一金のかからない五輪」という触れ込みだったが、その後予算は膨れに膨れ、1兆4000億円を超えることになる。この予算の使途は4割が非公開となっており、その用途について市民が知ることができないまま、組織委は6月末に解散する。

新型コロナウイルスのパンデミックにより開催が1年延期されたが、森元首相含む関係者の不祥事が相次いで明らかとなり、また開催直前にまた感染者が増加したことなどもあって、再延期や中止を求める声が高まる中での開催となった。SIDE:Aの段階では、少なくとも反対運動について否定的な描き方はされていない。むしろ開会式のその裏で逼迫する医療状況もカメラに収めている。

オリンピックというイベント自体に問題があるとき、そのオリンピックの公式な記録映画を撮ることは、たとえそれがいかに芸術的に優れており、また批判的な視点が盛り込まれていたとしても、窮極的にはやはりそのオリンピックへの加担になるだろう。

もちろんこの『東京2020オリンピック SIDE:A』は、1936年ベルリン五輪を記録したレニ・リーフェンシュタールの『オリンピア』のような、芸術的に優れたプロパガンダとは呼べない。しかし、一切の記録性を放棄し、関係者たちさえも怒らせた前回の東京五輪の記録映画、市川崑の『東京オリンピック』よりは、ドキュメンタリーとして成立している。問題は撮られた映像の解釈である。この映画にはナレーションがなく、劇伴も最低限しかない。従ってほとんどの解釈は、観客に委ねられているといえる。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4

ビジネス

ECB、12月にも利下げ余地 段階的な緩和必要=キ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story