コラム

池江選手に五輪辞退をお願いするのは酷くない

2021年05月16日(日)20時06分

アジアでの感染を抑制してきた「ファクターX」が通用しないとされるインド由来の変異株への置き換わりも危惧されている。もしワクチン接種が奇跡に順調に進んだとしても、安心はできないのだ。

こうした切迫した状況で政府は、医療従事者や病床をオリンピックのために確保しようとしている。発熱や肺炎等の深刻な症状が出ていたとしても、ほとんどのコロナ感染者が自宅療養を強いられているこの時期にだ。また、オリンピック選手はワクチン接種を優先して受けられることになっている。

オリンピックに伴う来訪者の数は、できるだけ切り詰めたとしても、選手とその関係者、メディア、各国要人、ならびにスポンサー関係の「招待客」を含め数万人規模になるといわれており、当然ながら、これに対応する国内スタッフ、ボランティアのも必要になる。政府は無観客を示唆しているが、都内の公立校ではオリパラ観戦が行事として組み込まれたままだ。変異株によって、未成年者の感染も増えてきている、

こうした状況を考えると、オリンピックによって膨大な人が移動したり密になったりすることは間違いないだろう。感染者増のリスクもそれだけ増大することが見込まれる。

コロナ禍の五輪自体が矛盾

一般市民にとってオリンピックは、コロナ感染リスクおよび感染してもまともに治療してもらえないリスクを高めるイベントになってしまっている。たとえコロナで死亡しないとしても、重篤な後遺症を残す可能性も高い。こうした生命の危機を肌で感じることが増えたのか、世論調査ではオリンピック中止を求める声は過半数に達している。

オリンピックが開催されれば、選手はコロナ感染のリスクに晒されことなく自分の夢を追求できるが、一般市民はコロナ感染リスクを増やされる。オリンピックが中止になれば、コロナ感染リスクはとりあえず増えることなく、医療や行政のリソースをコロナへと集中的に傾けることができる。一方で選手の夢は絶たれる。

これは極度に実存的な対立であり、構造上絶対に和解できない政治的対立なのだ。もちろん構造的な対立でも、その構造を変化させることによって弁証法的に解消させることは、論理の上では可能だ。しかし医療を含む各種リソースを搾取せずにオリンピックを開催することはできない。たとえば選手がワクチンの優先接種を拒否したとしても、開催するのであれば受けてもらうしかない。

そもそも世界的な感染症が蔓延しているときにオリンピックを開催すること自体が大きな矛盾なのだ。その象徴が、公道での実施が中止になったため閉鎖された駐車場のような場所を笑顔でぐるぐる回るだけの、あの薄ら寒い聖火リレーなのだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ

ビジネス

FRB、現行政策「適切」 物価巡る進展は停滞=シカ

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story