コラム

「バイデンが井戸に毒を入れた」は、なぜ差別扇動投稿なのか

2021年02月17日(水)12時50分

強い地震で棚から落ちた図書館の本(2月14日、福島県いわき市) Issei Kato-REUTERS

<10年前の3.11を思い出させる強い地震が東北地方を襲ったとき、混乱と不安に乗じてマイノリティーに対する暴力を扇動するデマツイートが拡散された>

2月13日深夜、福島県沖で最大震度6強を観測する地震が発生した。幸い津波の被害こそ発生しなかったものの、各地で家屋倒壊や土砂崩れなどの被害を出し、余震も含め予断を許さない状況が続いている。

SNSで流された差別扇動デマ

この地震の発生後、SNSでは、外国人が災害に乗じて犯罪行為を行うことを示唆する排外主義的デマが流された。中でも深刻なのは、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」という、1923年関東大震災での流言飛語を連想させるデマだ。関東大震災ではこのデマに基づき、朝鮮人に対するジェノサイドが発生した。2019年に公開された映画『金子文子と朴烈』は、まさにこの事件を扱っている。

現代でも、災害時の混乱状況においては、一つの怪情報が多大なる悲劇をもたらす可能性は常にある。この許されざる差別扇動の投稿に対して、多くの人々が怒りを感じ、削除凍結のための通報・報告を行った。

「井戸に毒」デマは、2016年の熊本地震の際も散見され、問題となっていた。また外国人の犯罪に注意せよとする差別扇動投稿は2011年の東日本大震災を始めとして豪雨災害などでも流されており、この国におけるレイシズムの根強さを浮き彫りにしている。筆者の知人は、災害が起こるたびにこうした差別扇動を見つけては通報する作業を行わなければならない現状を嘆いていた。

「井戸に毒」は「不謹慎なジョーク」?

しかし、こうした「井戸にデマ」のような投稿を差別扇動であるとして通報したり批判を呼びかけたりする行為に不満の声をもらす人もいた。「井戸に毒を入れた」というのは関東大震災の事例を参照した「不謹慎なジョーク」であることはすぐにわかるというのだ。

今回、通報された投稿の中には、「バイデンが井戸に毒を入れた」というものもあった。これは明らかに荒唐無稽な状況であり、また朝鮮人の名も出てこない。「バイデンが松屋で食い逃げ」というネタが、直前にSNS上で話題になっていたという背景もある。そのため、これは悪趣味な投稿であるとはいえても差別扇動とはいえず、悪し様に罵り、アカウント停止に追い込むほどのものではない、と彼らは主張し、通報を呼びかけたジャーナリストのほうを強く非難した。

「バイデンが井戸に毒を入れた」はなぜ差別扇動か

しかし「井戸に毒を入れた」デマを単なるジョークとして片づけるのは明らかに間違いだ。それは「バイデンが~」という現実ではありえない内容であってもだ。なぜなら、災害時に「ジョーク」としてこのデマが参照されること自体が、発生してからまだ100年にも満たない、我々の社会が責任を負うべきこの悲劇に対する侮辱だから。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国人民銀には追加策の余地、弱い信用需要に対処必要

ビジネス

訂正(17日配信記事)-日本株、なお魅力的な投資対

ワールド

G7外相会議、ウクライナ問題協議へ ボレル氏「EU

ワールド

名門ケネディ家の多数がバイデン氏支持表明へ、無所属
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 3

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 4

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 5

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 6

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 7

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 8

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 9

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 10

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story