コラム

SNS遮断、支援の申し出を固辞するエルドアン──「神の御業」では済まされないトルコの地震被害

2023年03月07日(火)12時59分
エルドアン

震源に近い南部カフラマンマラシュの被災者と会うエルドアン MUSTAFA KAMACIーANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

<公的機関に独立性がなく、権力者に服従する人だけが要職に就き、市民の声は潰される社会を強化してきた大統領。さらなる権力強化で国難を乗り切ろうとする無謀さ>

イスラム教の聖典コーランには、「地震」という名の章がある。そこには次のようにある。

「大地がぐらぐらと激しく大揺れに揺れ/大地がその重荷を投げ出し/『かれ(大地)に何事が起こったのか』と人間が言う/その日(大地は)一部始終を語るだろう/あなたの主(神)が啓示したことを/その日、人間は分別された集団となって(地中から)進み出て/自らの所業を目の当たりにする/ただ一粒の重みでも善をなした者はそれを見る/ただ一粒の重みでも悪をなした者はそれを見る」

これは現世の終わり、終末の日についての啓示とされる。コーランを神の言葉そのものと信じるイスラム教徒が、地震を何よりもまず終末と結び付けて考えるゆえんだ。

2月6日にトルコで大地震が発生した際も、多くのイスラム教徒が終末の到来を覚悟しただろう。しかし現世は少なくとも現段階では、まだ終わってはいない。それでも、地震自体は彼らにとって神の御業(みわざ)だ。

イスラム教徒は、この世のあらゆる現象を神が一瞬一瞬、創造していると信じている。だがこれは、彼らが地震の被害を甘受することを意味しない。特に今回の地震に関しては、救援活動や対応の遅れと、被害を増大させた手抜き工事について、エルドアン政権を非難する声が少なくない。

トルコの日刊紙コルクスズは、瓦礫に埋もれ亡くなった娘の手を離そうとしない父親の写真を掲載し、「地震に対する予防策を取らず、次から次へと区画整理や違法建築を許し、資格のない人間を国家機関に置いた者たちは、こうして記憶されることになるだろう」と記した。

米シンクタンク中東研究所トルコ研究センターのディレクターであるギョヌル・トルは、フォーリン・ポリシー誌への寄稿で、トルコのように建物の耐震基準が守られず、大統領への忠誠心があれば要職に就くことができ、公共機関に独立性がなく、良心的な市民団体が排除されている国では人災が人命を奪うとし、全ては自分一人に権力を集中させてきたエルドアン大統領のせいだと非難した。

最大野党である共和人民党(CHP)の党首ケマル・クルチダルオールも、「この事態を招いた責任を問うなら、それはエルドアン氏にある。与党は地震に対する備えを20年行ってこなかった」と批判した。CHPがイスタンブールから被災地に救援隊を送ろうとしたところ、トルコ政府がそれを阻止した件も告発されている。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、米政府衛星の軌道に宇宙兵器投入=米宇宙コマ

ビジネス

原油先物は3日続落、米高金利長期化観測が重し

ビジネス

仏高級ブランドのシャネル、中国で店舗増を計画

ビジネス

イスラエルの景気回復、コロナ危機脱出時よりも緩慢=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の大群、キャンパーが撮影した「トラウマ映像」にネット戦慄

  • 4

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 5

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 6

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 7

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    「韓国は詐欺大国」の事情とは

  • 10

    中国・ロシアのスパイとして法廷に立つ「愛国者」──…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 10

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story