コラム

パキスタンが非イスラム教徒に不寛容な理由

2020年09月30日(水)20時00分

米国市民を法廷で銃殺した少年を支持するデモ(ペシャワール) AP/AFLO

<イスラム教の教義に準じるパキスタンの刑法では、預言者ムハンマドに対する冒瀆で有罪となった場合には死刑となる。そこには2つの大きな問題点が>

パキスタンの裁判所は9月、イスラム教の預言者ムハンマドを冒瀆した罪で37歳のキリスト教徒アシフ・ペルベズに死刑判決を下した。ペルベズが上司に対し、預言者ムハンマドを侮辱するテキストメッセージを送ったというのがその理由だ。

弁護士やキリスト教慈善団体ACNによると、ペルベズはSIMカードを盗まれたとしてメッセージを送った事実を否定している。またイスラム教に改宗せよという上司の要請を拒否した後、この上司がこの告発を行ったと主張しているという。

2013年に逮捕されたペルベズは既に7年間拘束されており、今回の判決ではさらに3年間収監された後、「死ぬまで首をつる」刑に処されることになっている。弁護士は控訴すると述べた。

パキスタンの冒瀆罪の「悪名」は、2010年に預言者ムハンマドを冒瀆した罪で死刑判決を受けた後、2018年に逆転無罪が確定したキリスト教徒女性アーシア・ビビのケースで世界に知れ渡った。

このケースでは、ビビを支援したパンジャブ州知事と冒瀆法の見直しを呼び掛けた連邦少数民族相が立て続けに暗殺され、弁護士も殺害予告を受け国外に退避した。イスラム教指導者はビビの殺害に賞金を懸け、逆転無罪判決後も判決に激怒した大衆による暴力的な大規模デモが発生し、度重なる脅迫を受けたビビはカナダに亡命した。

イスラム教の教義は預言者ムハンマドに対する冒瀆を死罪とする。パキスタンの刑法はこれに準じ、預言者ムハンマドに対する冒瀆で有罪となった場合には死刑と規定している。

ここには大きな問題点が2つある。

1つ目は、パキスタンの人口の97%を占めるイスラム教徒が冒瀆者は死すべきだと強く信じているため冒瀆法を強く支持しているだけでなく、冒瀆の疑惑を持たれた人物や関係する弁護士、支援者を私刑の形で殺害することもいとわないという点だ。

今年7月には冒瀆罪で起訴された米国市民でもある少数派アフマディー教徒の男性が、法廷で15歳の少年に銃撃されて死亡する事件が発生したが、人々はこの少年を聖戦士とたたえた。アルジャジーラは1990年以来、少なくとも77人が冒瀆疑惑に関連して殺害されたと報じている。

2つ目は、非イスラム教徒を陥れる目的で冒瀆が捏造されるケースが少なくない点だ。ビビの事案でも、最高裁は「証拠がない」として告発が虚偽であることを認めた。パキスタンの人権団体HFOのサジド・クリストファー代表は、ペルベズのケースも虚偽の告発だとし、パキスタンにはキリスト教徒に対する不寛容があり、信教の自由が侵害されていると批判した。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北東部ハリコフ州「激しい戦闘」迫る、ウクライナ軍総

ビジネス

NY連銀、新たなサプライチェーン関連指数発表へ 2

ビジネス

米CB景気先行指数、4月は0.6%低下 予想下回る

ワールド

プーチン氏、ゼレンスキー氏の正当性に疑問 戒厳令で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 2

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 6

    「香りを嗅ぐだけで血管が若返る」毎朝のコーヒーに…

  • 7

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 8

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 9

    学校で起きた小さな事件が、社会システムの欠点を暴…

  • 10

    「インドで2030年、奇跡の成長が始まる」モディが体…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story