コラム

大ヒット曲「イスラエルが嫌い」の歌手が亡くなった

2020年01月20日(月)12時30分

ドバイのレストランで「イスラエルが嫌い」を歌うシャァバーン(YouTubeより)

<エジプト人の歌手、シャァバーン・アブドゥッラヒームが亡くなった。「エジプシャン・ドリーム」の体現者だった。他にも、シートベルトの歌やオバマ大統領の歌、豚インフルエンザの歌を歌ったが、どんな人物だったのか>

エジプト人の歌手、シャァバーン・アブドゥッラヒームが昨年12月3日、亡くなった。享年62。死因は心不全だそうだ。11月末にサウジアラビアの首都リヤードで開かれたイベントに車椅子で登場したので、びっくりしたが、それからわずか1週間足らずで亡くなるとは、これまた驚かされた。

11月末、リヤードのイベントに登場したシャァバーンについてのサウジアラビア娯楽庁長官のツイート


シャァバーンのことを知っている日本人などほとんどいるまい。わたしはエジプトの専門家ではないが、彼の代表作である「イスラエルが嫌い(アナ・バクラフ・イスラーイール)」が大ヒットしているときに、ちょうどエジプトに住んでいたこともあり、彼の死は感慨深い。

ドバイのレストランで「イスラエルが嫌い」を歌うシャァバーン


今でも、何かのきっかけで、この歌と、やはり当時大ヒットしていたムハンマド・ムニールの「ソーヤソー」という歌がフラッシュバックすることがある。両方とも、一度はじまると、えんえんと脳内でサビの部分がリフレーンをつづける、癖になる曲だ。

ムハンマド・ムニールは「マリク」(英語のKingに相当するアラビア語)と呼ばれる現代エジプト音楽の大御所なのに対し、シャァバーン・アブドゥッラヒームはそれとは対極にある歌手であった。

1980年から結婚式などで歌っていたが、それでは食べていけず、クリーニング屋でアイロンをかける職人(マクワギー)をしていたのが、「イスラエルが嫌い」で一躍スターダムに伸し上がった。文字どおり「エジプシャン・ドリーム」の体現者である。

スターといっても、華やかさにはほどとおい。いや、正確にいうと、服装はいつもド派手のピカピカであったが、風貌は田舎のおじさんという感じ(ただし、彼はカイロ生まれ)。かなり太めで、お世辞にもかっこいいとはいえないだろう。

彼の歌は「シャァビー」と呼ばれるジャンルだ。シャァビーはアラビア語で「民衆の」といった意味になり、直訳すれば、民謡とかフォークソングになるだろう。彼のあだ名、「シャァブーラー」もおそらくここからきているのだろうと思うのだが、あまり自信はない。

だが、彼の歌は、ニュアンスとしては民謡やフォークソングとはかなりちがう。かといってポップスや演歌とも異なる。いずれにせよもっとお笑いの要素が濃く、しいていえば、吉幾三の「俺はぜったい!プレスリー」や「俺ら東京さ行ぐだ」みたいな感じだろうか。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノババックス、サノフィとコロナワクチンのライセンス

ビジネス

中国高級EVのジーカー、米上場初日は約35%急騰

ワールド

トランプ氏、ヘイリー氏を副大統領候補に検討との報道

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、3週連続減少=ベーカー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア…

  • 9

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story