コラム

イスラエル人女優が「クレオパトラ」役、でもホワイトウォッシングとは言えない?

2020年11月05日(木)18時50分

世界3位の稼ぐ女優、イスラエル生まれのガル・ガドット Danny Moloshok-REUTERS

<1963年『クレオパトラ』の主演はエリザベス・テイラーで、白人のユダヤ教徒、シオニストだった。ガル・ガドットを主演に新たなクレオパトラ映画の製作が発表され、批判も出ているが、話はそう単純ではない>

米国のパラマウント・ピクチャーズがクレオパトラの映画を撮るらしい。クレオパトラの映画といえば、1963年に20世紀フォックスがエリザベス・テイラーを主演に制作した超大作『クレオパトラ』を思い出す人も多いだろう。

1963年の作品は当時の金額で4400万ドルという破格の制作費をかけた作品で、これ1本で20世紀フォックスは破産寸前にまで追い込まれたことでも知られている。

古代エジプトの女王で、絶世の美女といわれるクレオパトラの波乱に満ちた生涯とカエサル(シーザー)やアントニウス(アントニー)といった彼女をめぐる男たちの愛憎の物語である。この映画をきっかけにエリザベス・テイラーは、映画さながら、アントニウス役だったリチャード・バートンと不倫関係に陥った。世界的な人気俳優同士のスキャンダルということで、大騒ぎになったものの、結局2人は結婚した(その後、離婚、再婚、離婚)。

さて、問題は新しいクレオパトラのほうだ。主演は、ガル・ガドット。『ワンダーウーマン』で主演のワンダーウーマンを演じた女優である。

ガドットは、フォーブス誌による、2020年の世界でもっとも稼ぐ女優ランキングで、ソフィア・ベルガラ、アンジェリーナ・ジョリーについで第3位にランクされている。まあ、プトレマイオス朝エジプトのファラオ役を演じるにふさわしい人気っぷり、稼ぎっぷりであろう。

ところが、BBCは興味深いニュースを報じている。この配役がいわゆる「ホワイトウォッシング」ではないかという批判がソーシャルメディアを中心に流れているというのである。

ホワイトウォッシングとは、白人以外の役柄に白人の俳優が配されることを指す米映画界の業界用語であり、最近はよく報道でも用いられるようになった。日本がらみでは、士郎正宗の漫画『攻殻機動隊』を原作とした『ゴースト・イン・ザ・シェル』の主役をスカーレット・ヨハンソンが演じたところ、アジア系がキャスティングされるべきだったとの議論が巻き起こっている。

クレオパトラはアラブ人、アフリカ系だったのか

クレオパトラのケースでいえば、エジプトの話なんだから、白人ではなく、エジプト人、アラブ人、あるいはアフリカ系の女優が演じるべきという批判が出たのである。だが、実はそう単純な話ではない。

歴史好き、エジプト好きであれば、クレオパトラの属するプトレマイオス朝が、エジプトではなく、ギリシアやマケドニアに起源をもつことは常識であろう。クレオパトラ自身、エジプト語もできたそうだが、母語はギリシア語である。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米印首脳が電話会談、関税導入後3回目 二国間関係な

ワールド

トルコ中銀が150bp利下げ、政策金利38% イン

ワールド

ウクライナ、米国に和平案の改訂版提示 領土問題の協

ビジネス

米新規失業保険申請、約4年半ぶり大幅増 季調要因の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキャリアアップの道
  • 2
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれなかった「ビートルズ」のメンバーは?
  • 3
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 4
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 5
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 6
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナ…
  • 7
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 8
    ピットブルが乳児を襲う現場を警官が目撃...犠牲にな…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 10
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story