コラム

【学術会議問題】海外の名門科学アカデミーはなぜ名門といえるのか

2020年12月08日(火)11時22分

但し、最終的な判断を菅総理がどの程度自分の意思として行ったのか。5日の参院予算委員会で、菅氏は「以前は正式な名簿の提出前に、内閣府の事務局などと会議の会長との間で一定の調整が行われていた」と発言、「(任命拒否があった)今回は推薦前の調整が働かず、結果として任命に至らない者が生じた」としている。

しかしながら、山極前会長は「事前調整というのは、相互が話をして調整するもの。私は(杉田和博官房副長官と)直接会うことも電話で話をすることも、事務局長を通じて断られた。話し合いたいとの官邸からの誘いもなかった」(東京新聞)としている。もし、山極会長の発言が事実とすれば、事前調整を受け付けないままに、従来からの慣例の事前調整がなかったとして、「推薦を尊重しつつも任命権者として判断する。そのストーリーで確信犯として実行したということになる

いずれにしても、確信犯として覚悟を持って行ったにしては、会員の出身大学の多様性重視など答弁は2転3転し、首相の答弁能力の意外な低さを野党と国民に示すことになってしまった。更には、本来守るべき、官邸官僚の杉田長官の名前まで予算委員会で出してしまう失態を演じた。

学術会議任命拒否 キーマンは政権に居残る公安奉行 「官邸官僚」杉田和博・官房副長官の正体

結果として、世論調査では学術会議の任命拒否問題について「説明が十分でない」と回答した人が63% (時事通信調査 11月6-9日)に上り、政権発足時の高い支持率は2ヶ月余りで16ポイントも下がった。(日経新聞 11.30)。

当初の支持率の高さ、公務員の人事による統制へのこだわり、様々な理由から「総合的」「俯瞰的」に判断したのだろうが、学術会議にとっても総理の政権基盤にとっても「個別的」「近視眼的」な打撃を残したこととなった。

III. 「意味の場」での検証

またこれは、ある意味、歴史の大きな流れの文脈でいうと、「声の文化」と「文字の文化」の職業文化間の「意味の場」対立とも言える。

古典学、英語学のW・G・オング教授は、人類が印刷技術によって大量の本を黙読するようになるまで支配していた「声の文化」の特徴を下記のようにまとめている。


1) 累加的であり、従属的ではない
2) 累積的であり、分析的ではない
3) 冗長ないし「多弁的」
4) 保守的ないし伝統主義的
5) 人間的な生活世界への密着
6) 闘技的な調子
7) 感情移入的あるいは参加的であり、客観的に距離をとるのではない
8) 恒常的維持的
9) 状況依存的であって抽象的ではない - W・G・オング教授

この「声の文化」の特徴は極めて「政治家」(特に保守政治家)の特徴に近いように思う。

政治家は、選挙活動で、自分の名前を必ず2回は連呼する(「累加的」)。

そして、国会での討論は「闘技的」なトーンであるし、極めて「多弁的」であり時に「冗長」だ。

また国民の生命・財産・権利を守るためには、近隣諸国の動向の変化にも柔軟に対応し「状況依存的」に対応しないといけない。平和は大切だが、隣国に巨大な軍事大国が誕生するならその状況に応じて機敏に反応してもらわないといけない。

プロフィール

安川新一郎

投資家、Great Journey LLC代表、Well-Being for PlanetEarth財団理事。日米マッキンゼー、ソフトバンク社長室長/執行役員、東京都顧問、大阪府市特別参与、内閣官房CIO補佐官 @yasukaw
noteで<安川新一郎 (コンテクスター「構造と文脈で世界はシンプルに理解できる」)>を連載中

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米中小企業、26年業績改善に楽観的 74%が増収見

ビジネス

米エヌビディア、株価7%変動も 決算発表に市場注目

ビジネス

インフレ・雇用両面に圧力、今後の指標に方向性期待=

ビジネス

米製造業新規受注、8月は前月比1.4%増 予想と一
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story