コラム

パリ五輪直前に突然の議会解散・総選挙という危険な賭けに出たマクロン大統領の成算と誤算

2024年06月26日(水)18時00分

4つのシナリオ

こうした政党間の駆け引きが、国民・有権者のレベルでどう作用するかはまったく予想できないが、理論的には4つのシナリオが考えられる。

第1のシナリオは、国民連合が第1党となり過半数を制するというケースだ。
この場合、冒頭で述べたように、マクロン大統領の下で国民連合のバルデラ党首が首相に就き、中道と「極右」の野合政権が誕生する。

第2のシナリオは、国民連合が第1党となるが、過半数を制することはできず、相対多数派にとどまるというケースだ。この場合、バルデラ党首は首相を引き受けることはないと公言しているので、マクロン大統領は代わりに誰を任命するかが大問題となる。

第3のシナリオは、左翼連合が第1党となるが、過半数を制することはできず、相対多数派にとどまるというケースだ(過半数を制することは、おそらくないであろう)。
この場合、考えられる首相候補は、左翼連合の最大の実力者である急進派のメランションであるが、左翼連合の中には分裂していた時のしこりが残っていて、メランションに対する反発も大きいので、「メランション首相」ではまとまらず、誰か別の政治家を任命することにならざるを得ないだろうが、その選考の過程で左翼連合の内部分裂を再び惹起して、政治的混乱をもたらす可能性がある。

第4のシナリオは、マクロン与党が第1党となるが、過半数を制することはできず、相対多数派にとどまるというケースだ(過半数を制することは、おそらくないであろう)。
このケースは、結局、解散前の議会下院の構成と同じで、今のアタル首相が引き続き首相を務めるということになる。

最大級の政治危機の瀬戸際

第1のシナリオは、マクロン大統領にとって最悪のシナリオだが、可能性は排除されない。
その場合、水と油の間柄で、基本的政策においてまったく相容れない関係にあるマクロン大統領とバルデラ首相が、どのような政権運営を行っていくのかまったく不明であるが、過去の野合政権(コアビタシオン)の時をはるかに上回る、壮絶な権限争いと深刻な政治対立が起きることは間違いない。その結果、大統領の辞任か、1年後に再解散総選挙となる可能性がある。

第4のシナリオは逆に、マクロン大統領にとって最善のシナリオだが、現状維持に過ぎないので、何のために選挙をやったのかということになり、マクロン大統領のレームダック状態はいよいよ決定的になる。

第2のシナリオと第3のシナリオの場合は、マクロン大統領と各党との間で、首相を誰にするかで権謀術数の政争が繰り広げられ、政治的混乱が深まる可能性が高い。

フランスは、第5共和政下で最大級の政治危機を迎えるかいなかの瀬戸際に立たされている。

20240709issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年7月9日号(7月2日発売)は「中国EVの実力」特集。欧米の包囲網と販売減速に直面した「進撃の中華EV」――そのリアルな現在地は?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハマス、イスラエル人質解放巡る米提案に合意 一部譲

ワールド

イラン大統領選、改革派ペゼシュキアン氏が当選 決選

ワールド

バイデン氏、選挙戦継続を強調 認知力検査の受診には

ワールド

アングル:インド経済最大のリスクは「水」、高成長の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVの実力
特集:中国EVの実力
2024年7月 9日号(7/ 2発売)

欧米の包囲網と販売減速に直面した「進撃の中華EV」のリアルな現在地

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 2
    携帯契約での「読み取り義務化」は、マイナンバーカードの「基本概念」を根本的にひっくり返す悪手だ
  • 3
    「黒焦げにした」ロシアの軍用車10数両をウクライナ部隊が爆破...ドローン攻撃の「決定的瞬間」が公開される
  • 4
    「下手な女優」役でナタリー・ポートマンに勝てる者…
  • 5
    ドネツク州でロシア戦闘車列への大規模攻撃...対戦車…
  • 6
    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…
  • 7
    和歌山カレー事件は冤罪か?『マミー』を観れば死刑…
  • 8
    「天井に人が刺さった」「垂直に落ちた」── 再び起き…
  • 9
    観光客向け「ギャングツアー」まであるロサンゼルス.…
  • 10
    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 3
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「帰ってきた白の王妃」とは?
  • 4
    携帯契約での「読み取り義務化」は、マイナンバーカ…
  • 5
    ウクライナ戦闘機、ロシア防空システムを「無効化」.…
  • 6
    黒海艦隊撃破の拠点になったズミイヌイ島(スネーク…
  • 7
    キャサリン妃は「ロイヤルウェディング」で何を着た…
  • 8
    H3ロケット3号機打ち上げ成功、「だいち4号」にかか…
  • 9
    キャサリン妃も着用したティアラをソフィー妃も...「…
  • 10
    「地球温暖化を最も恐れているのは中国国民」と欧州…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 3
    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア
  • 4
    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…
  • 5
    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は…
  • 6
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 7
    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…
  • 8
    爆破され「瓦礫」と化したロシア国内のドローン基地.…
  • 9
    携帯契約での「読み取り義務化」は、マイナンバーカ…
  • 10
    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story