農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり
今も、ジャガイモを食べる人々
1885年、オランダの画家ゴッホが描いたのは、労働階級の家族がジャガイモを食べる姿。その題名は「ジャガイモを食べる人々(オランダ語でAardappeleters)」。100年以上経った今、オランダでは相変わらずジャガイモが愛されている。
オランダの一国民当たりの年間ジャガイモ消費量は、2017年に80キロ弱。世界14位の数字で、世界平均の33.5㎏や日本の18.3㎏(2015年)と比べても格段に多い。(ちなみに一位はベラルーシで178㎏、二位はウクライナで約130㎏)そんな、オランダの国民食ともいえるジャガイモのサプライチェーンを食卓から遡ってみよう。
いただきます
まずは最終目的地、私たちの口に入るところから(実際には土に戻って循環するのだが...)。
伝統的なオランダの夕食のメニューはAVGと呼ばれ、aardappelen=ジャガイモ、vlees=肉、groente=野菜の組み合わせを意味する。とても質素な一皿メニューである。現代でもマッシュポテトやジャガイモのオーブン焼きなどが、肉と野菜と共に食卓に上ることが多い。
冬になれば恋しくなるのが"stamppot"という、ジャガイモをつぶして、ニンジンや玉ねぎ、ケール、(生の)エンダイブ等と混ぜ、肉(ベーコンかrookworstというソーセージ)と場合によってはグレービーを添えた料理。よく考えれば、これもAVGの一皿メニューの法則に沿っている。
食事だけでなく、間食としてもジャガイモが食べられている。お隣ベルギーが発祥のフライドポテト。オランダにも同じようなスタイルのフライドポテトがあり、あらゆるところで揚げたてのものが手に入る。お供はマヨネーズが王道だが、多様な種類から選べることが多い(たいてい別料金)。
例えばインドネシア風のピーナッツソースや、「サムライソース」と呼ばれる怪しげなもの...どこにサムライ要素があるのかと思いきや、ピリ辛な味付けがアジアを連想させるかららしい。ただ、ヨーロッパ人の辛さへの耐性は比較的低いことが多いので、日本人が食べても辛いとは感じないのではないか...少なくとも私はどこがピリ辛なのかわからなかった。
という具合で様々な形で愛されているジャガイモ。
買い物に行くと...
私が不思議に感じるのは、品種名が表に出てこないことだ。例えばスーパーに買い物に行くと目にするのは、"vastkoken(煮崩れしない)""kruimig(煮崩れする)"といった調理方法に関する表示。
日本では「メークイン」「北あかり」「男爵」といった名前で親しんでいたのに、調理方法でひとまとめにしてしまうとは!その方が品種による供給量の変動を気にする必要が減るため、スーパーにとって都合がいいからなのか?
ちなみに、スーパー関連の話を続けると、オランダで芋と言ったらジャガイモ。スーパーで見つけられるほかの芋は大抵さつまいも一種のみ。里芋や大和芋、長芋、海老芋といったものはアジア系スーパーに行かないとめったに見かけることはない(もしくはマーケットで売っていることもある)。
沢山食べて、沢山作る
長々と、食いしん坊な話ばかりしてきたが、生産はどうだろうか。
オランダは世界10位のジャガイモ生産大国で、オランダの農地の4分の1(16万ヘクタール)はジャガイモ生産に使われているそうだ。2018年には約603万トンを生産した(対して日本は226万トン)。しかし食用になるのはこのうち半分だけで、2割は種イモ、3割は澱粉用に使われる。オランダの種イモは高品質で、世界上位の供給国である。EU圏内で貿易される種イモの半分以上はオランダ産だとか。
生産方法も確立されている。最近は最新技術を駆使して、環境負荷を最小化・収量を最大化しようという試みが盛んだ。その一つが精密農業。簡単に説明すると、デジタル技術を使い、生産を監視・最適化する農業経営で、農場の場所や作物の個体による違いを考慮する(精密農業と、上の写真の農家の見学についてはこちらの記事に詳しく書いた)。政府や研究大学が農家やIT企業と協力をして、積極的に進められている分野であり、ジャガイモ生産大国であるオランダでは、その生産への応用が盛んだ。
このように、オランダはジャガイモ消費大国にとどまらず、生産大国でもあるのだ。ゴッホの時代も、今もなお。
おまけ
オランダ語でジャガイモは"aardappel"つまり大地のりんご。つい最近(この記事を書いている最中に気になって検索した)、フランス語でもジャガイモのことを同じように"pomme de terre"=大地のりんごと呼ぶと知った。ちなみにオランダには大地の梨、"aardpeer"も存在する。
その正体は...
...
菊芋だった。
著者プロフィール
- 森田早紀
高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ、4年制の大学でアグリビジネスと経営を学ぶ。卒業後は農と食に百の形で携わる「百姓」になり、楽しく優しい社会を築きたい!オランダで生活する中、感じたことをつづります。
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