ベネルクスから潮流に抗って
ベルギーサッカー協会:人種差別やヘイトを許さない改革の本気度は?
「ベルギーサッカー協会はいかなる差別とも闘う:4部リーグからナショナルリーグまですべての差別行動の申し立て、苦情を受けつける」という記事が3月3日のベルギーDe Morgen紙に載った。
「ブラック・ライヴズ・マターは私たちの目を開かせた。白人には人種差別のリアリティーの意味を完全に理解することはできないかもしれないが、私たちは差別と闘う」というPeter Bossaert会長(白人男性)の強い言葉が印象的で、記事を読み始めた。
ベルギーサッカー協会は4部リーグからナショナルリーグまでサッカーチームに所属する選手、コーチ、審判、職員すべてがメンバーとして所属している巨大な組織。サッカー人口もファンも多い社会でサッカー協会の影響力は大きい。地元のユースチームに所属している息子も、コーチアシスタントをしている連れ合いも協会のメンバーだ。協会は以前から、人種差別は決して許さない(no tolerance against racism)との立場を協会もはっきりと示している。
では今回、何が新しいのか。「今までも差別反対のスローガンは掲げてきたが、協会の組織そのものに手を付けることはなかった。」と会長は続ける。この度、協会は人種差別やホモフォビア(同性愛嫌悪)と闘うための組織改革も含めた具体的なロードマップを示した。
コンゴ出身でベルギー代表FWロメル・ルカクは押しも押されもせぬスタープレイヤー。ミラノのFCインテルでの二年目は絶好調。33試合で、24ゴール、7アシストという目覚ましい活躍を続ける。このルカクが2019年、イタリアのフィールド上でスタジアムの観客からあからさまな人種差別を受けた。同じくコンゴのバックグランドを持つベルギー女子代表のカサンドラ・ミシッポとルカクを含め、多様な国籍の選手と関係者20人のアドバイザリーグループが構成された。
アドバイザリーグループは協会の反差別行動計画作成に当たって意見を求められた。「とても厳しい指摘」を受けたと会長は言う。彼、彼女たちは、「自分たちが代表されているとはとても思えない。協会の理事たちはほぼ100%白人男性で、いったいどうやって多様性を代表するのか」と突きつけた。
これを受けて、2021年から理事は現在の12人から10人とし、そのうち2人は白人男性ではない代表となる。そしてインクルージョン※を担当する新しい仕事を新設した。懲戒委員会が新規に構成され、ユースも含めたすべてのリーグから、人種やセクシャリティー、性別で差別を受けた場合に、メンバーがただちに苦情を提出できる体制が作られた。
※英語の「包括」「包含」という単語から来ており、近年のビジネスや教育の現場において、女性、外国人、LGBT、障害のある人など「多様な人々が互いに個性を認め合い、一体となって働く」という状態を指している。
苦情は委員会で審議され、差別行動と認められれば、加害者は協会から半年から2年間除名される。復帰したとしても、仕事や代表するポジションには就けない。差別をしても、勧告にとどまり制裁を受けなかった過去と決別した。
昨年、息子のチームで起きた相手チームの選手からの人種差別について以前に書いた。子どもの試合の応援する保護者が相手チームの選手、コーチ、レフリーに差別的な野次を飛ばすことも、残念ながら日常的に起こっている。保護者が協会のメンバーではない場合、直接制裁を与えることはできない。この場合、協会がチームに勧告し、保護者はサッカーフィールドへの入場をある期間禁止されることになる。
今回の行動計画で、私が一番よい!と思ったのは、教育プログラムだ。アマチュアからプロまで、すべてのレフリー、コーチと協会に雇用されている人は2024年までに人種差別と多様性に関する教育を受けることになる。
人種や性別で差別をしてやろうと意図的、攻撃的にする人はそれほどいない。この問題の深さは、意図していなくても歴史的、社会的に優位にたつ者がそうでない人やグループに対して、無意識的にしたり言ったりする行動や、それを許しづける構造的な組織文化にあると思う。
森さんだって、女性を差別してやろうと発言したわけではないだろう。意図的でなければ差別ではないのでは?過剰に反応しすぎ、といった反応は、差別される側の視点や経験や痛みを知らないから出てくるのだと思う。
私たちは意識的に継続的に、自分を教育し続け、アップデートし続け、想像力を養わなくてはいけない。歴史的、社会的に優位にたつ人たちにとって、差別は特に一番見えにくいからこそ、組織的な教育のアプローチが必要だ。
協会の発表を受けて、その週末のプロリーグはFootball for ALLというスローガンのもと、選手たちは腕にレインボーカラーの腕章をつけてピッチに立った。うちの地元チームOHLもクラブとして積極的にキャンペーンに参加、自らも人種差別やホモフォビアについて選手やスタッフの声を集めたビデオなど発表している。
Football for ALL
-- Oud-Heverlee Leuven (@OHLeuven) March 4, 2021
Omdat elke ploegmaat, voetballer en liefhebber zich thuis moet kunnen voelen in ons voetbal.
Bekijk de reportage https://t.co/Nd695IU5TU#FootballforALL #samensterker pic.twitter.com/q8ierEXDOA
思えば、これだけ非白人の選手が活躍しているヨーロッパのプロサッカーリーグで、ヘッドコーチのほとんどが白人男性だ。マネージャーもしかり。指導的、戦略的な立場に立つ人がほぼ排他的に白人男性で占められているという異様さを考えれば、各国のサッカー協会の改革の意義は大きい。
オランダのサッカー協会もベルギーと似た人種差別と闘う総合的な改革を行っていると聞く。サッカー界の構造的なアプローチから日本のスポーツ界やオリンピック組織も学ぶものが多いように思える。
著者プロフィール
- 岸本聡子
1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。