コラム

名峰に囲まれた地「冬の桃の花」と国蝶・オオムラサキの追憶

2019年12月24日(火)16時15分

◆ついに"準地元"に帰ってきた

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甲府盆地西端では冬の山里の風情がただよっていた


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南アルプスが見下ろす穴山町の風景

新府桃源郷を後にし、新府城の外郭の防衛を担った能見(のうけん)城跡がある穴山駅に到着。道は八ヶ岳方面に向かってゆるやかに上って行き、いよいよ今回を含めて5回に渡って歩いてきた甲府盆地が終わり、長野県境の山間地に入っていく。穴山を過ぎて旧須玉町に入れば、「八ヶ岳南麓」と呼ばれる高原地帯である。

八ヶ岳南麓に広がる北杜市は、ご多分に漏れず平成の大合併で誕生した市で、甲府盆地の北の8町村(=旧北巨摩郡)によって形成されている。1970〜80年代に「アンノン族」(当時の若い女性たちのバイブル的存在だったファッション誌『an・an』『non-no』を片手に旅をする女性たちのこと。今で言う「女子旅」の走りか)の聖地として人気を集めた清里高原をはじめ、高原リゾートと乗馬の町小淵沢、首都圏などからの移住者に人気の長坂町・大泉町・白州町などが含まれる。

実は、僕も北杜市の先の長野県側の蓼科高原で移住生活を送る一人で、北杜市には同じく移住者の親戚がいる。もともとの出身地は東京なのだが、今年2月から14回に分けて歩いて来て、ついに「地元の東京から準地元の八ヶ岳エリアに歩いて帰ってきた」という少々ややこしいシチュエーションなのだ。その地方移住の話は、北杜市の中核を歩く次回に回したい。

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北杜市最初の町、須玉町に突入。松本方面に向かう特急あずさが通過する

◆国蝶に出会った34年前の美しい記憶

さて、次の日野春駅周辺は、個人的に思い出深い場所だ。日野春駅からその次の長坂駅にかけての里山は、国蝶・オオムラサキの生息地として有名だ。僕は、高校1年の夏に、蝶のコレクターで写真仲間でもある友人を含む都立高校の同級生たちと5人で、当地に蝶の観察に訪れている。直前の中学時代はロンドンに住んでいたので、国内を友だち同士で遠出するのは初めてだった。今にして思えば小さな日帰り旅行なのだが、なんともいえないワクワク感が強く印象に残っている。

その「オオムラサキの旅」が一生忘れられないものとなったもう一つの要因は、到着してすぐに本当にオオムラサキに出会えたことだ。新宿発の夜行の鈍行列車で朝、いかにもローカルな風情があった当時の日野春駅を出ると、すぐに雑木林の中を通る林道が始まった。オオムラサキは、カブトムシ・クワガタと同じくクヌギやブナの木の樹液に集まる。昆虫少年だった子供時代の「虫探しの目」になって目をこらすと、ものの30分ほどで樹液を吸うオオムラサキを発見した。しかも、カブトムシとアオカナブンと一緒に。「まさか、図鑑のような光景が現実に存在するとは!」。当時の都会っ子の自分にとっては、オオムラサキや野生のカブトムシは図鑑の中だけの存在で、それが典型的な姿で現れたのはたいそう衝撃的だった。

あやふやな記憶だけが頼りなので、上記の記憶はいくぶん理想的な方向にねじ曲がっているかもしれない。点々と雑木林が広がる34年後の日野春は、確かに当時の面影があるのだが、「駅を出てすぐの林道」や、初めてオオムラサキを見た場所は特定できなかった。その代わりに、当時はなかった「オオムラサキセンター」という施設が駅前にあった。渓流が流れる雑木林の中にある自然公園で、オオムラサキを中心とした昆虫博物館やオオムラサキの飼育施設、自然観察路が整備されている。34年前の復習も兼ねて、入場料を払って見学することにした。

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日野春駅前の「オオムラサキセンター」

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オオムラサキセンター内の展示室

◆追憶と「ありのままの現実」の間で

展示室を見学した後、センターの人に34年前の記憶を話してみた。僕よりも一回り若そうに見えたその男性によれば、僕らが当時オオムラサキを見た場所は、センターから見て線路の反対側に広がる里山だろうとのこと。現在は日野春駅から長坂駅に至る生息地一帯に自然観察歩道が設定されているので、そこを歩いてみてはどうかと地図を渡された。時刻は既に16時。日が短いこの時期である。日没が迫っていたが、どっちみち今回は長坂駅まで歩く予定だったので、多少端折りながらでも自然観察路に沿ってゴールを目指すことにした。

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日野春駅から長坂駅までのオオムラサキの生息地には自然観察路が設定されている

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夕日に染まる八ヶ岳

夕日に赤く染まる八ヶ岳を横目に、地図と案内看板を頼りに黙々と進む。ところどころに34年前の面影はあるのだが、切り開かれた住宅地や農地が多く、やはり記憶の中にある雑木林が一面に広がる光景とはあまり結びつかない。

ただ、実際には開発が進んでオオムラサキの個体数が減ったという事実はないようだ。話を聞いたオオムラサキセンターの男性によれば、全体の個体数は3、40年前と比較してもさほど変わっていないとのこと。住宅や農地として切り開かれた林がある一方で、近年はセンターを運営するNPOが雑木林の下草の整備などをしてオオムラサキが育ちやすい環境を作っており、そうしたエリアでは個体数が増えているという。つまり、細かな分布域は昔と変わっているかもしれないが、「オオムラサキの里」全体の環境は維持されているということなのだろう。

一時間ほど歩いてから、34年前の記憶に最もイメージが近い林の中の小径に出た。川に向かってゆるやかに下っていく砂利道。当時歩いた道そのものではないと思うが、イメージは重なる。その先で再びいったん集落を通過した後、エリア内で最もメジャーな生息地である長坂駅手前の「オオムラサキの森」に到着。既に周囲はすっかり闇に包まれていたが、34年前の美しい思い出をなぞる旅は無事完結した。次回は長坂駅からいよいよ長野県境を目指す。

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34年前のイメージに近い雑木林の小径


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長坂駅手前の「オオムラサキの森」に到着。既に日は暮れていた。

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今回のゴール、JR長坂駅前

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今回歩いたコース:YAMAP活動日記

今回の行程:韮崎駅 → 長坂駅(https://yamap.com/activities/5246216)※リンク先に沿道で撮影した全写真・詳細地図あり
・歩行距離=22.6km
・歩行時間=9時間49分
・上り/下り=650m/280m

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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