コラム

日本は、サイバー・ハルマゲドンを待つべきか

2015年10月15日(木)17時10分

サイバー攻撃のほとんどは武力攻撃ではない。誰がこれに対処するのかが難問だ Shutterstock/ Sergey Nivens

「サイバー攻撃で最も暴力的なアクションとは何か。」

 英空軍を退役したウィリアム・ブースビー元英空軍法務部副部長・准将は、赤十字国際委員会が東京で主催した「現代のサイバー戦争における課題―実務的観点から―」と題するイベントで聴衆に尋ねた。

「それはマルウェアを放つためにマウスをクリックすることだ。」

 銃の引き金はわかりやすい。弾丸が発射される衝撃があり、火薬のにおいがあるだろう。おそらく瞬時に標的をとらえたのかどうかも分かる。しかし、サイバー攻撃のためのマウスのクリックには、そうした衝撃も、においもなく、マルウェアが相手にどのような被害を与えたのかも即座に分からない。それなのに、銃の弾丸ではとうてい届かない地球の裏側まで瞬時にマルウェアを届かせることができる。

 おそらく核ミサイルもサイバー攻撃と似たような側面があるだろう。米国大統領が行くところ、フットボールと呼ばれる核ミサイルの発射システムがついて回る。そのボタンを押すことによって直接手に伝わる衝撃はないだろう。しかし、大統領は自らの判断の帰結に思いを巡らせながら押さなければならない。

 問題は、核ミサイルの発射ボタンを持つ人は世界に数人しかいないが、マルウェアを自ら作り出し、送信ボタンをクリックできる人は数知れないということだ。

軍民の区別の原則

 ブースビー准将は、国際法上は、「区別の原則(principle of distinction)」という概念があり、軍事組織による攻撃は、民間人や民間所有の物や施設を狙ってはいけないことになっている点を強調する。これはジュネーブ条約の第一追加議定書の第48条に基づいており、それによれば「紛争当事者は、文民たる住民と戦闘員とを、また、民用物と軍事目標とを常に区別し、及び軍事目標のみを軍事行動の対象とする」となっている。

 この条項が定められた1977年にサイバー攻撃は想定されていなかった。しかし、2013年3月に公表され、ブースビー准将も策定に参加した「タリン・マニュアル」では、サイバー攻撃もこの条項に従うべきとされている。タリン・マニュアルは、エストニアの首都タリンに置かれた北大西洋条約機構(NATO)の研究センターで作成されたマニュアルで、サイバー戦争時に国際法がどのように適用されるかの解釈例を示している。タリン・マニュアルはNATOの公式文書ではなく、NATO加盟国が公式に採用しているものでもない。20人近くの国際法学者たちが集まってまとめた一つの見解例に過ぎない。しかし、他に類例がないことから、議論の開始点として参照されることが多い。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story