コラム

聾者の高校生・奥田桂世さんの「聾者は障害者か?」に、日本社会はどう答える?

2022年03月02日(水)17時00分
トニー・ラズロ
手話(イメージ画像)

聾者には「聾文化」がある(写真はイメージ) YAMASAN/ISTOCK

<聾者の高校生が投げかけた「聾者は障害者か?」の問い。聾文化に積極的に接し、理解を深めることで、日本はより豊かで多様性のある社会を築けるはずだ>

聾者(ろうしゃ)は障害者か? そんな問い掛けが一部で話題になっている。

聾者とは何か。手元にある現代国語例解辞典(第三版)には「聴力に障害のある人」とある。文献によっては、聾者の言い換えとして「聴覚障害者」も目にする。どうやら日本においては「障害者」として捉えられているところがあるようだ。

でも、「ちょっと待った」と言っている人がいる。それは12月末に発表された一ツ橋文芸教育振興会主催の「第41回全国高校生読書体験記コンクール」で最優秀賞に選ばれた高校生、奥田桂世(けいよ)さんだ。

先天性の聾者である奥田さんは、両親も祖父母も聾者で、聾学校に通ってきたので、耳の聞こえない人に囲まれて育ってきた。それもあって、子供の頃は、耳の聞こえる「健聴者」こそ「普通ではない」と思っていた。受賞作「聾者は障害者か?」と題するエッセーにはそのような体験が書かれている。反響を呼び、NHKのニュースでも取り上げられた。

海外に目を向け、いくつかの言語の辞書に目を通してみる。「聾者=聴覚欠如のある人」などとあり、「聾者=障害者」という説明はあまり見当たらない。多くの言語では、聾者は「障害を持った人」というより、「聴覚欠如という特徴を持った人」となっているのだ。表現上のちょっとした違いだが、重要な違いでもある。

奥田さんのエッセーにあるように、聾者には「聾文化」がある。独自の言語(手話)、そして視覚と触覚を重視した生活習慣から発生した文化だ。それがあるがために、自分は障害者ではなく、健聴者と同じ社会を共にする「少数民族」に近い存在だ、と奥田さんは感じているという。

聾文化には簡単に接することができる

筆者自身は、アメリカで一人で生活を始めたときの1人目のルームメイトが聾者だったこともあって、日本に移り住んだ今に至るまで、聾者の友達に恵まれてきた。思い返してみれば、彼らを障害者として考えたことはない。むしろ、たどたどしい手話でしかコミュニケーションできない自分のほうに落ち度があると、しばしば痛感してきた。

ただ、聾者が障害者かどうかが議論になる日本でも、実は誰でも簡単に聾文化に接することができる。聾者が経営する、またはスタッフとして働く飲食店が東京にはいくつもあるからだ。

店に入り、コミュニケーションを取ってみる。注文は当然、手話によって行う。人との会話も同じく、手話で。手話は視覚言語なので、面白いことに遠く離れた人との会話も可能だ。つまり、違うテーブルに知り合いが座っていれば、「元気? 最近どう?」という挨拶を「遠距離」で飛ばせる。それだけでなく、離れた席同士での討論まで成り立つ。これこそ、奥田さんの言う聾文化の特徴の1つだと思う。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ関税巡る市場の懸念後退 猶予期間設定で発動

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安

ビジネス

アトランタ連銀総裁、年内0.5%利下げ予想 広範な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story