コラム

存続意義が問われるドイツの公共放送

2022年10月25日(火)12時45分

熟議民主主義のためのルール

ハーバーマスが指摘しているように、ソーシャルメディアが「政治的公共領域における新たな構造転換」をもたらしたため、監督と規制が新たに必要になっている。メディア世界の複数化により、コミュニケーションの一般性が崩壊したからだ。

人々は、嘘、陰謀論、誤った情報、あらゆる種類の別の事実が広まる、いわゆるフィルターバブルの中でコミュニケーションをとっている。従来の報道機関や公共放送で保証されていた編集上の管理は、もはや適用されていない。

ハーバーマスは「公共のインフラストラクチャが、意思決定を必要とする関連する問題に市民の注意を向けることができなくなり、競合する大衆の形成を保証できなくなった場合、民主主義システム全体が損なわれる」と指摘する。ハーバーマスは、質的にフィルタリングされた意見、いわゆるコンテンツ・モデレーションを主張している。彼は、公にアクセス可能なすべてのオンラインテキストの品質について、最低限の基準を要求しているのだ。

309700369_5571225459598280_722939896130946788_n.jpgユルゲン・ハーバーマス (2014年) 写真:European Commission/Dudás Szabolcs 2014.05.29.

ジャーナリズムのデューデリジェンス(注意義務)と同様に、デジタルメディア企業は、虚偽の情報を流したことに対して責任を負わなければならなくなるだろう。そうでなければ、民主主義国家はその最も重要な基本的条件を失う恐れがある。すなわち、公的発言と私的発言の間の閾値に対する個人の意識、合理的な談話の理想に対する一般的志向、すべての市民が共有し共に形成できる世界に対する信頼である。

公共メディアはいかに維持されるのか?

今、伝統的なマスメディアを擁護する言説が減少する中で、ハーバーマスは新聞社や公共放送の役割を理想主義的に語る。ハーバーマスが問題解決の輪郭を描くのは最後の文章にある。「したがって、公共圏の包摂的性格と世論と意志の形成の審議的性格を可能にするメディア構造を維持することは、政治的な方向決定ではなく、憲法上の要請なのだ」と指摘している。

しかし、どうすればそのような公共圏を実現できるのか?ハーバーマスは新著の脚注でヒントを与えている。「質の高い報道機関とともに、テレビ・ラジオ放送局は、その経済的基盤もおそらく近いうちに公的支援によってのみ確保されるだろう。そして当分の間、公共圏の『プラットフォーム化』と公共意識の商品化に抵抗することになる」と。

報道の品質低下に対するプレッシャーに加え、合理化に対するプレッシャーも大きく、ドイツでも公共放送の存続をめぐる議論は日増しに激しさを増している。英国のBBCや日本のNHKをめぐる危機感も同様である。

欧州メディア自由法

欧州委員会は2022年9月、ジャーナリストと編集の独立性を保護し、報道の自由を維持し、最終的に欧州連合の民主主義を守るための主要な法的パッケージとなる「欧州メディア自由法 (EMFA)」 でこれらの問題に正面から取り組むことを決定した。

「戦争は武器からは始まらない。戦争はプロパガンダ、偽情報、国家統制の報道から始まる」と、ベルギーの国会議員カティア・セガースは指摘している。欧州メディア自由法の柱は、メディア運営の資金確保の透明性と偽情報への徹底した対処である。

公共放送は独立性を強調することに余念がないが、ハーバーマスが指摘する伝統的マスメディアの維持が憲法上の要請(義務)となれば、国家に従属するメディアへの懸念も高まり、公共圏の独立性をいかに担保できるかが課題である。今、公共放送の未来をめぐる熟議が求められている。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

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